2.やり直しの時戻り


 ユリアーナの不幸は、おそらく母である私――マルレーネが死んだ日から始まった。


 政略結婚で夫――カールハインツ・ブランシュ公爵と結ばれ、生まれたのがユリアーナだった。


 カールハインツは婚約していたときから私を愛さない、顧みない人だった。

 現国王陛下が王太子殿下となられた時からの最側近で宰相も務める彼は、いつも仕事に打ち込み、朝早くから夜遅くまで仕事の他に社交や領地の商談に明け暮れる日々。

 愛人を名乗る女性からの嫌がらせも頻繁にあった。


 それでも結婚から一年が過ぎ、彼との間にユリアーナを授かった。

 けれど、子が一人できたらそれでいいだろうと言わんばかりに、カールハインツは更に家に寄り付かなくなった。

 そうするとだんだん使用人たちから蔑まれるようになっていく。

 執事や侍女長は親身になってくれたけれど、夫に顧みられない妻は社交界でもいい笑い者だった。


 夫の関心を引こうとしても「忙しい」の一言で終わり。

 忙しいなら手伝いを、と思っても手を出すなと怒られた。


 次第にお飾りの妻だと嘲笑われ、夫の愛人を名乗る女から出て行けと言われ、そのうち体調を崩し塞ぎ込み、……ユリアーナが六つのときに私は儚くなった。


 その後夫は執事や侍女長の反対を押し切って愛人を後妻として娶った。このとき、侍女長は辞めてしまった。

 表向きの理由はユリアーナに母の温もりを与えたかったというものだが、これが大間違いだった。


 後妻のティアナには娘が一人いた。それがクラーラだ。

 クラーラがカールハインツの娘かどうかは分からないが、もしそうならばユリアーナより一つ上なので私が生きている間──結婚当初から裏切っていたことになる。

 愛されていないのは分かっていた。

 屋敷に帰って来ないのだから疎まれているのも。


 まさか外に女を囲い、子どもまでいるなんて想定外だったし、私が死んで反対を押し切ってまで後妻として迎えるなんて思ってもいなかった。


 なぜ私が知っているのかと言うと、儚くなってから私はずっとユリアーナのそばにいたからだ。

 母恋しさに泣いていたユリアーナを慰めることも抱き締めてやることもできなくなったのに、私の意識はいつもユリアーナの近くにあった。


 死んで初めてユリアーナの寂しさに気付いた大馬鹿者は私だ。

 だから娘が寂しい思いをしなくて済むなら、幸せになれるなら、別に後妻を迎えることに傷付きはしても否やはしなかったのに。


 継母のティアナはユリアーナを虐げた。

 義姉のクラーラもユリアーナを虐げた。


 実父のカールハインツは愛人母娘を招いても、相変わらず家庭を省みない男だった。

 勝手に王太子との婚約を取り付け、ユリアーナの幸せから遠ざけた。


 クラーラが王太子に訴えた、ユリアーナからやられたことは全て、ユリアーナがクラーラからやられたことだ。

 それを調べもせずにあのクソ坊、ユリアーナが一方的に悪いと言いやがった。


 結果、ユリアーナは近衛成りたての男に無残にも殺されてしまった。


 もしも……


 もしも、私が生きていたら、ユリアーナは虐げられるようなことは無かっただろう。

 ティアナは後妻にならないし、クラーラは義姉にならない。


 私の死因は病死だった。

 食べても吐き、日々憔悴し、最期は髪はボロボロ、骨と皮だけの見るも悲惨な最期だった。

 もしかしたら食事に毒を混ぜられていたのだろうか。

 単にそういう病だったのかもしれない。

 いずれにせよ、私が生きていたら……

 愛人母子と必要以上に関わることも無かっただろう。

 ユリアーナだけは生きて……いつかは幸せを掴めたかもしれない。


 ――お願いよ、神様がいるなら、ユリアーナにやり直しをさせてあげてよ!


 強く願う。


 私と同じ時期に死んだ者たちは次々と生まれ変わった。

 私のあとに死んだ者たちも、新たな生を受けた。

 私はユリアーナの幸せを見届けない限り生まれ変わるなんてできない。


 ──いいえ、ユリアーナがやり直せるなら私は生まれ変われなくていい。

 だから、お願い──



『願いは聞き遂げられた』

「誰っ!?」


 強く白い光が目の前で弾ける。

 あまりの眩しさに腕で顔を覆い目を閉じる。


『そなたの無念、未練、懸念、それを解消せねば輪廻が滞ってならん』

「……え?」


 光が収まり、薄らと目を開ければ、目の前にいたのは小人の老人だった。

 頭はつるつる、髭を蓄え顎鬚も白くふさふさしている。

 つるつる頭の上には輪っかがあって、背中から棒が生えているわけではなく宙に浮いている。


「あなたは……」

『神様じゃーい』

「かみ……さま……神様!?」

『そうじゃい。我を崇めよー! ととと、わわわわ』


 ふんぞり返った自称神様はあまりに仰け反りすぎて乗っていた雲から落ちそうになった。

 ……こんなのが、神様……?


『そうじゃい』


 猫より大きいけれど、犬より小さいこれが……?


『だからそうじゃと言うておる!』

「わ、私の思考を読まないでください! どうして神様がここにいらっしゃるのですか?」


 神様は雲に立ち戻り、うぉっほんと咳払いをした。


『そなたは十年以上も娘に張り付いて、もはや悪霊と化しそうになっておる。だが娘は亡き者にされ、さっさと天国へ行ってしもうた』

「何ですって!?」


 ユリアーナはあっさりと! 天国に!?


「未練とか悔しいとか無いの!?」

『娘は諦めていたのじゃろうなぁ。復讐など考える暇も無くあっさりと逝ってしもうた』

「そうなの……」


 ユリアーナに未練がないならいいのか、と思ったけれど、諦めてしまったのはやるせない。


『だが、間もなく生まれ変わる準備をするじゃろうというときに……現し世の時が戻されての……』


 時が……戻された?


『ちなみにお前さんの娘が死んだあと、あの国は革命が起きた』

「まさか……」


 神様によると、ユリアーナが亡くなったあと、貴族から反発があったそうだ。

 そりゃそうだ。

 王太子が公の場で浮気相手を侍らせて婚約破棄を叫び、その相手の言うままに無抵抗な貴族令嬢を弑したのだ。

 このままいけば暴虐王と叫ばれるのは時間の問題だ。


 王族を非難する側と擁護する側に分かれ、最終的に勝ったのは批難側。

 王政は廃止され、国王、王妃共に責任を追及され毒杯を仰いだらしい。

 ちなみに件の王太子はユリアーナが亡くなって間もなくで自ら毒杯を仰ぎかけたのをカールハインツが止め、結局高貴な者が入る塔に幽閉されたそう。

 革命が起きたのはその後で、血で血を洗う凄惨な状況下で他国に攻め入られ、内部が崩れていた王国は滅びの道を辿ったらしい。


『そのままでは忍びないということで、時を戻す魔法を使った者に許可を出した』


 本来ならば世界の理を歪めるとして時を戻す魔法は禁忌とされる。

 だが神様としても国が滅びるのは不本意だった為止むなく許可を出したらしい。


『お主も生き返るだろう。なれば正しく導き滅びの未来を回避せよ』

「では……!」

『行くがよい、マルレーネ。そなた……と協力……』


 神様が何か言っていたけれど、時の狭間の渦に巻き込まれてはっきりと聞こえないまま遠くになった。


「──っハッ!!」


 ベッドに寝ていた私は、久しぶりに感じる息苦しさとだるさにすぐに現実味を感じていた。


「生き……返った……?」


 震える両手を握り締め、己に血が通っていることを実感する。


 せっかくもらったチャンスだ。

 前回は私はカールハインツを愛しすぎてユリアーナをないがしろにしてしまった。


「今回は……間違えない」


 カールハインツの愛は求めない。

 ユリアーナの幸せだけを追求する。


 窓の外を見れば月明かり。

 ベッドの隣には誰もいない。

 頼れるのは私だけ。


「必ず……幸せにしてみせるわ」


 機会をくれた神様に感謝しながら、己に固く誓った。


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