第11話
そもそも精霊とは、この世を去った魔法使いたちの魂が変質したものである。
はるか昔、原初の精霊と契りを交わした魔法使いの魂が、死後その眷属となったのが始まりである。以来、魔法使いたちは死ぬと肉体という殻を捨て、精霊となって世界中に存在している。
中でも守護精霊と呼ばれる存在は、死ぬ間際にもっとも守りたい者への未練からさらに変質した精霊を指す。
守護精霊は特定の人物になかば取り憑くようにして存在する。そして該当者の身に危機が迫れば、その者を守るように動くのだ。
(守護精霊は、取り憑いた人間が死ぬまで行動を共にする――)
自分のラシガムの書を読み終えたエリックは、小さなため息とともに本を閉じた。
夜の船内で、テーブルに置いたランプの灯りが揺れる。
(まさか、ラシガムの外で見ることになるとはな)
二段ベッドの上段を見やる。そこにはシャルロットが眠っていて、彼女に寄り添うようにもう一人が座っていた。
ゆったりとしたシルエットのシンプルなドレス。足まで届きそうな長い赤髪。緩やかに波打つそれを携えるのは、シャルロットに似た女性だ。シャルロットがもう少し成長したら、さらに似るのではないかと思う。
淡い光を纏うのは精霊の証だ。女性はエリックの視線に気付くと、ゆるりとした動作でベッドから降りてきた。
《初めまして、でいいかしらね》
女性が唇を動かさずに言う。精霊は口を使わずとも会話ができるのだ。
「はい。……シャルロット嬢のご母堂で、間違いありませんか?」
シャルロットを起こさないよう、エリックは小声で訊ねる。
女性は頷いた。
《ええ。私はロゼット。以後お見知りおきを》
「魔法衛兵のエリックと申します。……念のため、守護精霊様とお呼びしてもよろしいですか?」
《そうしてちょうだい。まだ別れたくないから》
守護精霊は、他の精霊とはあり方が異なる。守護する人間に認識され、名前を呼ばれるとさらに力を増す性質がある。ただし、守護対象者以外から名前を呼ばれ、それを守護対象者に聞かれると守護精霊としての力を失う。ただの精霊となり、場合によっては他者に使役されてしまうのだ。
「では、改めまして」
エリックは小さく咳払いをして、女性――ロゼットを見た。
「シャルロット嬢が持っていたラシガムの書は、あなたのもので間違いありませんね?」
《ええ。遺言を遺せなかったのは悲しかったけど、ちゃんとあの子の手に渡ったのは幸運だったわ》
「守護精霊様は、彼女にどんな魔法を教えていましたか」
《まだそこまで行っていなかったわ。魔法にかかわる心構えだけを教えていたの。これからだって時だったのに……――》
ロゼットが最後に何事かを呟く。それは小さすぎてエリックの耳には届かなかった。
「守護精霊様?」
《いいえ、なんでもないわ》
ロゼットは顔を上げて首を振った。エリックもそれ以上は突っ込まず、話を続ける。
「では、魔法については本当に独学で?」
《ええ。環境がそうだったけれど、あんなに難しい魔法を基礎もないまま行使できるなんて思わなかったわ。ずっとハラハラしていたの》
「でも、彼女は成功させてしまった」
ロゼットも頷く。
《私がいたからできた、という側面もあるわ。あまりにも必死で、見ていられなかった。……それに》
言葉が止まる。ロゼットの手がゆっくりと顔を覆った。
《魔法が成功したときのあの子……。本当に、心の底から喜んでいたの》
泣きそうな声だった。
《やった、って。これでもう邪魔者扱いされないって。消えろと言われずに済むんだって。とても、とても嬉しそうな声で言うの》
エリックは息が詰まるのを感じた。自らが消えて喜ぶ世界にいただなんて、どれほどの地獄か。
ロゼットはかぶりを振ると、顔を上げてエリックを見た。
《あの子を国に引き渡さなかったこと、心から感謝します。あの婚約破棄はおそらく王子の独断。国は、魔法使いであるあの子を諦めていない》
「確証はあるんですか?」
《立場上は王妃にするつもりでしょうね。でも本当は、娘を筆頭に国の繁栄のために魔法使いたちを使い潰す気よ。王家の物となれば、誰も止められない》
「そんな……!」
《シー……》
大声を出しかけたエリックの唇に、ロゼットの人差し指があてられる。エリックは口をつぐみ、すぐに小声で言い直す。
「そんなことをすれば、すぐにラシガムに連絡が行きます」
《フレイジーユはそのことを知らないのよ。今までも魔法使いを便利屋扱いしていたけれど、国力の低下に焦ったんでしょうね》
「大雨や、土砂崩れ……。魔法憲兵も何人か駆り出されました。復旧は人力よりもだいぶ進んだはずですけど」
《国が求めるのは、恒久的な平和よ。災害が起こらない。作物は毎年豊作。治安が良くて、誰もが笑顔……そう、ラシガムのような》
「夢物語じゃないですか」
エリックは呆れて首を振った。
「ラシガムが今のようになったのは、何千年もかけて魔法使いたちがシステムを確立してくれたおかげですよ? たった数十人の魔法使いであれが出来ると思っているんですか?」
《できると思っているから、あの子が必要なのよ》
ロゼットは姿勢を正すと、エリックに頭を下げた。
《あの子の人生を食い潰されたくない。守護精霊として、あの子の母親としてあなたにお願いします。どうか、あの子をラシガムに亡命させてください》
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