Ghost Dance

 何やら小さな銀色の箱、のような物を弄っているアヒト。


「……それは?」

"収納箱コンパクティングボックス"。エーテライザーだ」


 恐らく"テント設営箱"と同じ機能を持つエーテライザー。というより、"Cコンパクティングボックス"が正式名称なのだろう。

 そして、中身は恐らく。


「……おお」

 

 やはり、バイクだった。"Cボックス"からにゅるんと飛び出る様は、何度見ても面白い。

 しかし、以前見た時とは違い、サイドカーが付いている。これに乗り込むことになるのか。


「しばらくは整備された道を移動する。がたがたになることは……多分、そんなに無いから安心して」

「そんなに……まあいいや。ところでアヒト。ライダースーツは?」

「あれは趣味で走る時だけだよ」

「そうなのか……」


 ちょっと残念……。

 

◇◇◇


 ただひたすらに爆走する。ぎゅんぎゅんと木々が過ぎ去っていく。

 まっすぐな道。曲がりくねった道。上ったり降ったり。

 途中途中、他のリベレーターらしき人に遭遇し、アヒトが手を上げて挨拶していたので俺もそれに倣った。バイクに驚いている感じは無く、皆挨拶を返してくれた。ちなみにがたがた具合はというと、絶妙に言葉にしづらい程度だった。


 そうやって30分ほど掛けて辿り着いた場所は、大きな川だった。

 どこか、見覚えのある、川。


「君たちを救助した場所だ」

「……!」

「正確には、ここから更に川を上っていった場所だけどね」

「……そっか」

「多分……いや、間違いなく、君たちを発見できたのはアオイのギフトのおかげだ」

「そう、なのか?」


 "サバイバー"。食べられる食料を探したり、危険なものを察知したりするギフト。生きる、という行為を拡張したギフト。今まで散々アオイ先輩のギフトに助けられてきた。

 その力について、ここにきて更なる情報が追加される。


「いきなり、予感がした。誰かが助けを求めているってね。それも、具体的な場所まで頭に入ってきたんだ。予感と言うより、確信と言うべきかもしれない」


 助けを、求める力。助けを求めて、生き延びる力か。

 ……いや、少し引っかかる。


「アヒト。あの時って、死にかけていたのは俺だけだよな?」

「そうだね。アオイはエーテル中毒だったけど、命に別状は無かった」

「……ってことは……」


 自分だけでなく、他人をも生かすことができるまで、能力が成長したということだろうか。もちろんあの時『自分が死にかけている』と認識していた可能性もあるだろうが。

 色々と考察できそうだが、とにかくあの時起こった現象で俺とアオイ先輩は助かった。助けてもらった。その事実をちゃんと心に刻み付けておかなければ。


「……ギフトは成長するモノ、って考え方は間違ってないよな?」

「聞く限りではそうだね。実感のこもった話ができなくて申し訳ないけど」

「いや、問題無い。ありがとうアヒト」


 成長していく特殊能力。改めて考えると、少し恐ろしくなった。

 アオイ先輩のギフトはいい。だが、俺のギフトはどうか。

 "ハンター"は、生命を断つ、というギフトだ。この能力が現状から更に成長するとしたら、どのような形になるだろうか。

 ……念じれば殺せる、みたいな?


「いや、流石にそれは無いだろ……」


 発想が飛躍しすぎてしまい、思わず独りごちた。

 考えすぎだし今は考える意味も無い。今やるべきことに目を向けるべきだ。

 

「仕事しよう仕事。仕事をさせてくれ、アヒト」


 若干ワーカホリック感のある言動になってしまった。


「……ちょっと考えていたんだけど、レン。依頼をこなす前に、やって欲しいことがあるんだ」

「え?」

「訓練、さ」

 

◇◇◇


 川沿いをバイクでしばらく下ると、広い場所に出た。

 サイドカーから降りて少し身体をほぐしていると、アヒトが何やら妙な物体を俺に見せてきた。

 

「――"シャドウトレーナー"?」

「うん。君にはこれを使って模擬戦闘を行って欲しい」


 アヒトからシャドウトレーナーを受け取る。見た目は黒い立方体の箱で、一面にスイッチのような丸い出っ張りが付いている。


「生成される影は、君と全く同じ戦闘能力を持つ。これは武器や身体の扱いだけの話じゃない」

「……アーツやギフトも使ってくるってことか?」

「そう。それに加えて、君の思考能力も模倣される。要するにこれは、もう一人の自分自身と戦うことができるエーテライザーだ」

「なるほど……」

「ただ、ギフトについては完全な再現はできない。エーテライズとは別種の現象だからね。……まあ説明はこれぐらいにして、早速使ってみようか。準備はいいかい?」

「えっ、早速過ぎないか……? ちょっと待ってくれ、心の準備が……」

「あはは。了解」


 戦闘訓練、か。

 

 平和な世界で平和な暮らしをしてきた俺が、と、人生の激変っぷりに改めて思いを馳せる。

 俺は今、制服を着ていない。防具を装備している。武器を装備している。魔法が使える。スキルが使える。

 コントローラーなんて握っていない。それが今の現実だ。


 俺は、マルクとジョンという人間を殺した。

 この二人には、雇い主がいた。他国の人間だ。

 アヒトによると、『コモルド村にやって来たドリフターがマルクとジョンを殺した』という情報があちら側に伝わっている可能性が高く、まず間違い無く新たな刺客が送り込まれてくるだろう、とのことだった。

 彼らは、いわゆるベテランだった。人さらいとしても、リベレーターとしても。

 そんな人間を、俺は殺してしまった。油断があったとはいえ、殺すことができてしまった。

 図らずも、俺は自分の持つギフトの価値を示してしまったのだ。


 いつ来るかは分からない。だが、いつか必ずやってくる。

 備えなければならない。自分の身を守るため、アオイ先輩を守るため。


 拳にぐっと力を入れる。


「……OK」

「よし。じゃあ、影が現れるまでスイッチを押し続けてくれ」


 指示通りにしようとスイッチを押した途端、シャドウトレーナーから青い光が吹き出してきて俺の身体を包み込んだ。


「おっ、おぉうっ……?」

「君の情報を読み取っている。そのまま続けて」

 

 更に5秒ほど押し続ける。

 

 突然、にゅるんと、青い光が飛び出してきた。

 俺の身体を包んでいる淡い光とは違い、触れそうなほどに濃い光だった。


 そして、光は、具体的な形となって地面に降り立った。


「……俺じゃん」


 どこからどう見ても、人間にしか見えなかった。ただし、鏡で見たことのある、俺と全く同じ顔面を持つ。

 影が現れる、と言うからにはそれらしきものを想像していた。のっぺらぼうみたいな。全身真っ黒みたいな。全く違った。

 着ている服、防具、武器も俺と同じ。

 アヒトの言った通り、まさしく俺のコピーである。


「驚いている暇は無いよ、レン。構えて。影は、『君を殺す』ためだけに生まれた存在だ。もう少し経ったら問答無用で襲ってくる」

「……アヒト。本当に、安全なんだよな?」

「うん。影の攻撃で怪我することは無い」

「……よし」


 二振りの短剣を順手で持ち、相手を見据える。

 見れば見るほど、完全に俺だ。

『俺』は10メートルほど離れた位置で無表情で突っ立って、微動だにしない。

 だが、俺を凝視している。

 人間味を感じない。人間ではないので当たり前だが、少しだけ怖い。不気味の谷現象、というやつだろうか。

 

 思考を切り替え、腰を落とし、半身を『敵』に向ける。訓練場で習った構えだ。

 これから俺は、『人間』を攻撃しなければならない。

 一度経験したことがあるとはいえ、やはり少し抵抗感がある。


「レン、感知」

「あ……」


 忘れていた。ジェラルドさんからしっかり聞かされていたというのに。経験値が致命的に足りていない。

 雑念を振り払うために首を振り、改めて。


 ――視る。


 途端、世界が重複する。

 そして、気づいた。


『俺』の右腕が、エーテルを吸い込んでいる。


 気づいた瞬間。

 始まった。


「うっ……わっ……!?」


『俺』が俺に一直線に接近してくる。いや、接近なんて生易しいものじゃない。一息吐くよりも疾く、後一歩で俺の身体に武器を突き刺せる位置にまで到達していた。

 まるで、トラックが高速で突っ込んでくるかのような本能的な恐怖感を感じた俺は、反射的に地面を蹴った。


 反応はできていた。視えていた。なのに、防御するとか、ましてや反撃するだなんて考えられなかった。

 頭の中で思い描いていた敵を倒すためのシミュレーションは全て霧散し、『死にたくない』という弱者の感情に支配され、その結果、無様そのものな体勢で空中に身を投げ出している。


 ダサい。ダサすぎる。


 俺は今、敵に背を向けている。ここから逃げ出そうとしている。恐怖を得体の知れないモノとして、そのままの形で処理しようとしている。


 違うだろ。


 俺は学んでいるはずだ。文字から。映像から。言葉から。心から。

 単なるエンターテインメントだったはずの物語が、現実として目の前に広がっているのならば、活かさない手は無い。

 恐怖とは、立ち向かえるモノ。乗り越えられるモノ。乗りこなせるモノ。切り裂けるモノ。

 ありとあらゆる形で、物語の登場人物は強大な敵に立ち向かっていく。

 なら俺は、どうすれば良い?


 地面に足が触れた瞬間、俺は身体をひねり敵を視界に捉えようとした。


「かっ……はっ!?」


 首に。そして背中に強烈な衝撃。口から空気が漏れる。

 

『俺』は俺を見ていた。『俺』は空を隠していた。『俺』は腕を振り下ろしていた。


 ――これは、死んだ。


 俺の胸に、スティレットがすっと差し込まれた。


 その瞬間。


 電撃が、俺の身体を貫く。


「あいいいぃぃぃっっってええええええ!!!???」


 とんでもない痛みが俺を襲った。

 足の小指をタンスの角にぶつけたというか、胸から全身にかけて足の小指になっていったというか、そういう感じのすんごい嫌な痛みだ。

 どこを抑えていいのかも分からず、身体を丸めてゴロゴロするしかできない。痛みのピークは一瞬で過ぎ去ってはいたのだが、残滓が俺を苦しめていた。


「あっはっはっはっはっはっ。あっはっはっはっはっはっ」


 笑い声。アヒトの声だ。視線を向けると、腹を抱えて爆笑している。


「アヒトぉ……」


 俺の口からとんでもなく情けない声が出て、我ながらびっくりした。


「わざと言わなかっただろ、こうなるって……」


 いつの間にか、影は消えている。胸に突き刺さっていた武器もだ。

 胸に穴は空いていない。アヒトが言った通り、怪我なんてしていない。

 ただ、痛みはあった。洒落にならんレベルのやつが。


「てへぺろ」

「クソが!」


 思わず暴言を吐いてしまった。誰がその仕草と言葉教えやがった。


◇◇◇


「ぶっちゃけ、この戦い方は君には合っていない気がするけどね。君のギフトは多分闇討ちステルスキルの時に使った方が効果的だろうし」

「……まあ、でも、必要だと思う……というか、必須というか」


 どちらかと言えば、戦闘訓練ではなく心の鍛錬。

 いざという時にビビってフリーズしてしまっては対応もクソも無いのだ。

 この訓練の本質は、『慣れること』。

 命に関わる危険な状況においても、思考を止めないこと。反射できるようにすること。

 そういった意味で、これ以上最適なやり方は無いような気がする。


「ちゃんと分かっているみたいだね。やっぱり君は頭が良い。それに、ちょっと矛盾してるけど戦闘センス自体が抜群に高いから、ちゃんと訓練をこなしていけば悪い人たちが襲ってきてもそうそう遅れを取ることは無くなるだろう」


 褒めるね。褒めまくるね君。ちょっと、いや超嬉しいです。口角上がりそう。


「"フィクススペース"を方向転換に使うなんてね。最初はどうしても"フィクススペース"の耐久性の高さに目が行きがちなんだけど、やっぱりドリフターは頭が柔らかい人が多い」

「……? ……ああ」


 うんうんと頷きながら、アヒトは俺がやっていないことに対して感想を述べていたが、俺ではなく『俺』がやったことを見ての言葉だろう。


 "フィクススペース"の戦闘での使い方は色々とシミュレーションしていた。

 防御に使う、壁や足場にする、あるいはカウンターに使う。

『俺』は俺をコピーした存在なのだから、俺が思いついていたことを実戦で使用するのも当然だ。


 俺が『俺』の突進をかわしてから押し倒されるまでの時間があまりにも短かった。あれだけのスピードで急激な方向転換をするのは難しい。

 つまりあの時、『俺』は"フィクススペース"で壁を作って蹴ることで、俺が体勢を整える前に組み伏せることに成功したのだ。


 逆に言えば、俺にもできる。『俺』ができることは全て、俺にも全てできるということだ。


「僕から言うべきことは無い。むしろ、学ぶべきことの方が多そうだ。……なんて言ったらタバサに怒られそうだし、一つだけアドバイスさせてもらうよ」

「あ、ああ……」

「最後まで諦めるな」

「……」


 心当たりがある。自分が瞬間のこと。


「本気で取り組もうとしているのは分かる。でも、もっと本気でやれ。心を研ぎ澄ませ。相手の武器が心臓に到達するその瞬間まで、君は生きている。それを忘れちゃいけない」


 初めて聞いた、アヒトの鋭い言葉が心にグサグサと突き刺さる。


「……そうだな。分かった。ありがとう、アヒト」


 できることはあった。両腕が動かせて、アーツも使える状態だったのだから、対処は難しくなかったはずだ。

 言い訳はしない。反省する。次は負けない。いや勝つ。

 アヒトの強い口調と真剣な表情は、自分自身にそう誓わせる良い気つけになった。


「どういたしまして。……さて、レン。僕は仕事を始めるけど、君は訓練を続けてくれ。影に一回勝つまでね」

「……え? マジ?」


 1秒前の意気込んだ俺はどこいった、と突っ込みたくなるような情けない声が出ちゃった。

 いや、大丈夫。次は勝つ。勝つよ、うん。少なくとも負けない。負けたくない。無様には負けないようにしよう。頑張れ俺。

 

「仕事しないと稼げない。美味しい食事にありつけない。借金も減らない。いやー人生って大変だよね」

「……報酬は半分ずつ、とかは無い……でしょうか?」

「何を言ってるんだい? 働かない人が貰えるわけないじゃないか」

「ですよねー」


◇◇◇


 結論から言うと、影を倒せはしたのだが、陽が落ちる寸前だったので仕事にありつけなかった。

 ちなみにアヒトはその間ばかすかと依頼を受けた品々……食料なり薬になる獣、野草、木の実などを大きなカゴで回収してきていた。ベテランの凄さを垣間見た気がした。

 その後、サイドカーにそれらを載せ、バイクに二ケツして帰宅。

 宿代、食事代。これらをアヒトに立て替えてもらい、俺は多重債務者となった。債権者はアヒトとタバサである。


 ……疲れた。

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