大ジィ様と修行指令

その日、いつものように仕事する私の前にふっと誰かが現れた。

目を上げると、

「あ。…ジィちゃん」

「元気そうだな」


大ジィ様は私の五〜六代前に生きていた母方のお爺さんだ。

私が生きてた頃、後ろについてくれてた方…つまり守護霊で、生前、大層お世話になったらしい。

死んでからもこのジィ様は何かと私を世話してくれて、本当に面倒見のいい方なのだ。


「東子、猫背だぞ」


早速注意されて、私は慌てて背筋を伸ばした。

私の名は東子(とうこ)。樫原東子(かしはらとうこ)だ。

どうも、生きてたときの癖が抜けない。

霊体になってからは頭痛も肩凝りもなくすこぶる楽になったが、おそらくストレートネックはそのままだろう。

そうするとますます生前の悪い癖を引き摺る。


「必要ないのになんで眼鏡をかけてるんだ??」

ジィ様は更に追及する。

「いや、、、だって、ずっとかけてたから」


これ、前にも同じこと言われたな。なんて思いながらジィ様を上目使いに見る。

私は生前、ひどい近視で小さい頃からメガネをかけていた。死ぬまでメガネは私の身体の一部だったのだ。

死んで視力が戻ったが(いやホントに霊界って身体の不調だった部分が全て元通りになるから素晴らしいんだ)、私は長年愛用していたメガネをどうしても手放せない。メガネをしてなくても、鼻メガネになるのを直そうとしてしまうのだ。


対する大ジィ様は、いつもながら姿勢が良い。

決して身長は高くないが、短く刈った髪を綺麗に後ろへ撫で付け、きりりと着物を着て立っている。シワのない羽織が美しい。

歳の頃は30代くらいだろうか。なかなか男前である。

そんな自分も、だいたい30代半ばの風体だ。

多分この頃が一番調子が良く、バランスの取れた体型だったのだろう。

そして、癖っ毛もメガネも低い身長も生前のままだ。

そうでないと落ち着かないのだ。

外見は思うだけで若くも綺麗にもできるのだが、結局「いつもの自分」が一番馴染む。


「ところでジィちゃん、今日はなんかご用?」

大ジィ様はうなづいた。


「人間界で修行せよと上からの命令が来た」

「えっ!!あたし転生なんかしないよ?!」


語気荒く、私は言った。


「わかっている。だがな。何百年かに一度は人間界で修行しなければならない決まりなんだ。

おまえ、前に転生の勧誘があったとき断ったろう?」

「うん」

私はうなづいた。だとすれば今度は断れないんだろうか。

「…まぁ、そう嫌な顔をせず聞け」

大ジィ様は少し微笑んでみせた。

「今回人間界に行くのは転生のためではない。

守護霊として行くんだ」


「…守護霊?」

私は大ジィ様の顔を見つめた。

「そうだ。私がお前に付いたように、お前が人間の後ろに付くのだ。

転生ほどではないが、これもまた大事な修行だ」

「おまえは真面目に仕事しているし、人間界で積んだ徳の点数が高い。だから守護の仕事に就く許可が降りたんだ」

「…ジィちゃん。ちょっと待って」

私は大ジィ様の話を遮った。


「なんだ」

「それってさ。ひとりの人に、ずーっと付きっきりなわけでしょ」

「うむ。まぁ…四六時中監視しているわけではないが」

「その人を…およそ80年?いや、長生きしたら100年近く?ずっと守らなきゃいけないわけ?」

「そうなるな。…例外もあるが」

「えーーー…っ…」

私はガックリ肩を落とした。

なんとなく。

大ジィ様がやって来た時点で、この話は断れないんじゃないかという気がしていた。

だけど。避けられないとしても、

やっぱり人間界に行くのは物凄く気が重い。

無遠慮で他人に無関心な人間の渦。

人を傷つける言葉を平気で吐き、時に暴力を振るったり陥れ、奪う。そんな世界にまた行かなければならないのか。そんな人間たちを、また見なければいけないのか。

しょぼくれた顔するのは大人げないとわかっていても、気心知れた大ジィ様だから、つい本音を晒してしまう。

ひどい落ち込みようの私を見て、やれやれ、な顔をして大ジィ様は私を見ていたが、再び口を開いた。


「もうすぐ赤子が産まれる。おまえの母の兄弟の血を受け継ぐ子だ。おまえの遠い血縁だぞ。」

「それって」

「そうだ。おまえが護るべき人間だ」

私は黙って大ジィ様の顔を見つめた。

「予定より早い出産だ。その子は先祖の恩恵で、平凡ながら恵まれているのだが…」


「もう行かなきゃならないの?!」


私は絶望的な気持ちになった。

いきなり大ジィ様が現れて。いきなり修行!

心の準備も何も、あったもんじゃない。


「東子」

大ジィ様は、呆然としている私の肩に手を置いた。

そして静かに言った

「産まれるまでまだ数時間ある。

 それまでにいくつか伝えねばならんことがある。

 ついておいで」

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