守護霊とは
大ジィ様は、私を落ち着いた和室へ移動させた。
移動と言っても瞬きひとつの瞬間移動で、畳敷きの十二畳ほどの広間へ。
私と大ジィ様は中央の座卓に向かい合って座っていた。
三方の壁は襖。そして私たち二人の半身を照らすように、一方の壁の障子は開け放たれている。外を見やれば、見事な日本庭園にさらさらとせせらぎの音が聞こえる。
「落ち着いて話そうと思ってな」
いつの間にか私と大ジィ様の前には、茶托に蓋付き湯呑みと茶うけのせんべいが置かれていた。
「ジィちゃん甘党じゃなかった?」
「面倒なのでおまえに合わせた」
いつもながら優しい大ジィ様である。
萌葱色の玉露を一口すすり、大ジィ様は話し始めた。
「まず。守護霊というものは。なんでもかんでも対象となる人間を守るものでは、ない。」
「…はあ。」
私はちょっと意表を突かれた。
「確かに護らねばならないときは護るが、まずほとんどは見守りだ。
親が危険なものをあれは駄目これも駄目とすべて回避させてしまったら、その子は怪我はしないが自分で冒険することを覚えないだろう?
それと同じ意味だ」
「はい」
「それに。我々霊体は普通の人間には見えぬ。
たとえ助けようとしても我々の声は聞こえんし、手は人間を素通りしてしまう。直接助けることはできない」
「はい」
そりゃそうだ。直接助けることができるのは、その点やはり人間だけなのだ。
「だが我々霊体には、人間には感知できないモノを感知できるし、人間に見えないモノが見え、人間に聴こえないモノが聴こえる。そして、ある程度の未来が予想できる。」
「もし、少し先の未来、このまま進むと主人が危険に足を踏み入れることになると察知したなら、それを食い止めなければならぬ。」
私はうなづいた。
「主人が大怪我をしそうなとき。
主人がなんらかの酷い問題に巻き込まれそうなとき。
もし、命に関わるときは全力で阻止せねばならん」
手助けの基準は、緊急を要するもの以外は自己判断に委ねられるらしい。
とはいっても、直に手を差し伸べたり助言や忠告できないのが最大の問題だ。
なんたって霊体なんだから!私たち、人間から見えないからね!
「はい、ジィちゃん質問」
私は軽く手を上げた。
「なんだ」
「じゃ、どうやって人間を危険から守るの?」
「それだな。」
大ジィ様は、にっ…と笑った。
「『気づき』を与えるのだ。修行でやったろう」
! あれか。
霊界で修行中の私は、毎日人間界を映す鏡を見ていた。そして、それに映った人間の「迷い」や「鬱積」を見つけると、小さな「気づき」を撒いていた。
それは人間からすると、視界に映ったポスターや花であったり、街に流れる音楽だったり。または何気ない友人の言葉であったり。
そこから本人が何かを読み取り、「転換」してゆくのだ。
ほんの小さな小さな「気づき」という霊矢であるが、人によっては「閃き」になることもある。まあ、大部分は膨大な情報に流されてしまうが、これを絶妙なタイミングで本人がキャッチすると、素晴らしい効果をもたらし発展する。これぞ「天啓」である。
地道な仕事だが、やり甲斐があった。
私はこう思っていた。
「私は心に火を点ける 燃えるか燃えぬか人次第 目出度く花火になったなら 打ち上げとくれ キミの花(火)」一句。
シュルルルル…
ドドーーーーーン!!!
山をバックに花火が上がった。縁側の風景はいつの間にか漆黒の闇になり、燃え盛る大文字山が祭りの真っ最中だ!
「…浸るのはよせ」
茶を静かに啜りながら大ジィ様が言った。
「あ。…」
つい、想像が突っ走ってしまった!
カコーーーン。…
ししおどしの音と共に私は我に返り、再び座卓に静寂が戻った。
「やり方はわかっただろう。主に悪い予感がしたとき、人間は『虫の知らせ』とよく言うが…第六感と言われるものは、大概我々が霊矢で気づかせてやっているのだ。それをまず放って警告する」
「でも、気づかなかったら?」
大ジィ様はうなづいた。
「間接的に阻止し、周りに協力を仰ぐ」
「間接的に、とは?」
「たとえば、だ。主人が乗ろうとする電車がそのまま乗れば、事故に巻き込まれる、となったらどうする」
「電車に乗せないようにする!」
「そのためには?」
「ええーーっと… 歩いてる先に上から植木鉢を落としたり、靴紐切ったり?」
大ジィ様は、口を歪めて小さく笑った。
「人に道を尋ねられて…あっ!!出がけに電話を受けさせて、足留めする!」
「そのセンで行くか。で、次は?」
シミュレーションが始まっていた。
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