鉄壁なる者 〜高順伝〜
@3183
第1話 虎牢関の風
漢王朝末期、洛陽の東。
山と川が入り組む要衝・虎牢関は、いま血と火の匂いに包まれていた。
董卓軍と反董卓連合軍。
その衝突は、まさに乱世の幕開けを告げる太鼓の音である。
呂布。
董卓配下にして、その武勇は「人中の呂布」と讃えられた男。
その傍らには、一人の寡黙な将がいた。
高順。
長身、痩躯。甲冑は実用一点張りで飾り気がなく、槍の柄には戦場で刻まれた細かな傷が無数に走っている。
彼は無口で、笑うことが少ない。だがその眼は、常に戦場を見据えていた。
虎牢関の城壁から、彼は遠くを眺めていた。
風が吹き、陣幕がはためく。その先に、黄塵を上げて迫る連合軍の旗が見える。
「殿(しんがり)を務めるのは、我らか」
呟く声は、誰に向けたわけでもない。
だが、その背後から低い声が響いた。
「高順。出るぞ」
振り返れば、そこには呂布がいた。
紅の戦袍、背には方天画戟。武の化身のような姿である。
「殿は必要ない。我らが打って出る」
呂布の声には、確信があった。
彼は勝つつもりでいる。それも、圧倒的に。
高順は一礼すると、すぐに持ち場へ戻る。
陥陣営――高順が率いる精鋭七百。
兵たちは余計な口をきかず、武具を確かめ、馬の鬣を撫でている。軍律は厳格に保たれていた。
「いいか。混乱するな。殿(しんがり)ではない、先陣だ。敵中に突っ込み、呂将軍の道を拓く」
声は静かだが、兵たちは頷き、目に闘志を灯す。
彼らは知っている――この将の命令は、生き残るための最短距離だと。
やがて、太鼓が鳴った。
陥陣営が動き出す。馬蹄が地を叩き、戦旗がなびく。
高順の胸中に恐れはない。
あるのは、任務を遂行するというただ一つの意志だけだった。
「行くぞ――」
風が、虎牢関を駆け抜けた。
その風は、これから数年にわたって乱世を吹き荒らす嵐の予兆であった。
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