森を裂く轟き
女将は戸口で手を振り、子どもたちは門の外まで駆けてきた。
「気をつけてね!」
まだ眠そうな声が重なり、薄い朝霧の中に吸い込まれていく。
アマンダはその光景を背に、背負い袋の紐を固く締め直した。
村の囲炉裏の匂いがまだ衣に染みつき、それが遠ざかるほど胸の奥に小さな穴が開いていくようだった。
――もう、ビビって足を止める時じゃない。やると決めたんだ。
小さく息を吐き、目を細めて前を見据える。
そんなアマンダの両肩を叩く異なった手。
「無理はするな」
振り返れば、真剣な顔のサリオンとグラフが立っていた。
グランが荷を肩に担ぎ直し、「よし、行くか」と短く言う。
ミラは名残惜しそうに振り返ったが、すぐに前を向き歩き出した。
グラフは村長から預かった地図を折り畳み、腰の袋にしまう。
セトは最後に村の門を見上げ、矢筒の重みを確かめるように軽く肩を回した。
六人は一列になり、まだ陽の差さぬ森の縁へと向かう。
村を包んでいた温もりが、足元から少しずつ剥がれ落ちていく感覚。
湿った土の匂いと、遠くで啼く獣の声が近づいてくる。
朝霧は濃く、森の奥はまるで墨を流したように暗い。
村が見えなくなった瞬間、森は息を止めたように静まり返った。
鳥の声が消え、風すらも梢を揺らさない。
サリオンが片手を上げ、全員を制する。
「……何?……来る?……多い?」
呼吸一つ分の沈黙。
「――来る! 構えて!」
鋭い声が静寂を裂き、全員が武器を握り直した。
茂みを割って十数体のゴブリンが飛び出す。
泥を蹴り、牙をむき出しにした群れが雪崩れ込んでくる。
その前列を、セトの矢が正確に貫いた。
「外すか、っと!」
二射目が矢羽を唸らせ、別の一体が倒れ込む。
倒れた仲間を踏み台にして、残りが一気に距離を詰めてきた。
ミラのスリングが回転音を響かせ、石弾が一体のこめかみを直撃。
甲高い悲鳴が上がり、動きが一瞬鈍る。
そこへグランが踏み込み、大剣を横薙ぎに振り抜いた。
重い風切り音と共に三体まとめて吹き飛び、枝をへし折りながら地に叩きつけられる。
「次!」
グラフがメイスを振りかぶり、突進してきた一体の顎を砕く。
骨の軋む音が響き、敵は痙攣しながら倒れた。
その背後を狙って現れた大柄な敵に、アマンダの小刀が閃く。
「ふっ…」
刃は太腿を裂き、膝が崩れ落ちた瞬間に喉元へ二撃目。
返り血を浴びながらも、アマンダの瞳は揺れなかった。
一斉に押し込んだことで、敵は半数近くを失う。
だが森奥から低い咆哮が響き、残党と共に新たな影が姿を現した。
その中には、さきほど倒れたはずの個体がいた。
胸や腕に深い裂傷を負ったまま、血を垂らしながら立ち上がっている。
肉は裂けたまま、目の光だけは消えていなかった。
「……この前と同じ? 何なの?」
サリオンの目に若干の焦りが浮かぶ。
次の瞬間、反撃が始まった。
裂傷を抱えたままの敵が盾を構えて突進、前線を一気に押し返す。
セトが狙いをつける間もなく、矢は盾に弾かれた。
グランが受け止めるが、衝撃で土煙が上がる。
背後から迫る二体をミラが牽制するも、一体の棍棒がかすめ、彼女の足が地を滑った。
「ミラ!」
グラフが飛び込み、メイスで棍棒を弾き飛ばす。
ミラはすぐに体勢を立て直し、
「いったーっ……って、かすっただけだから!」と軽く言い返した。
外傷はなく、足取りもしっかりしている。
押される隊列。
その中で、サリオンは一体の動きを見極めた。
「グラフ、そいつ、倒して!」
メイスが鳩尾を打ち抜き、敵が仰向けに倒れる。
その首へサリオンのショートソードが容赦なく落ち、頭部が転がった。
瘴気が立ち昇り、もう二度と立ち上がらない。
「ひゅう…… 首を落して!」
短い指示が飛び、全員の動きが変わった。
グラフが叩き倒し、サリオンが首を刈る。
アマンダは膝を斬って動きを止め、グランがそこへ大剣を振り下ろす。
セトは躓き転びながらもその矢を正確に放ち、関節を射抜いて動きを封じる。
そこへ味方が一気に畳み掛ける。
最後の一体がグランの斬撃で地面に叩き伏せられた。
次の瞬間、彼は大剣を大きく振りかぶり、怪物の頭頂から腰までを一息に縦へ斬り割った。
金属が骨を裂く重い音と共に、血飛沫と瘴気が同時に噴き上がる。
左右に崩れ落ちた肉塊は、もはや微動だにしなかった。
湿った土と血の匂いが入り混じり、鼻腔にまとわりつく。
耳に残るのは、自分と仲間たちの荒い呼吸だけだ。
アマンダは小刀を拭い、足元の死骸を一瞥する。
ミラは肩で息をしつつも、怪我がないことを確かめるように腕を回す。
セトは矢を番えたまま、森の奥へ鋭い視線を向けていた。
グラフは短く祈りを捧げ、大地に血を吸わせる。
グランは大剣の血を払うと、なお周囲を探るように目を細めた。
「……こいつらなんなの?」
サリオンが血を拭いながら低く言う。
誰もが返す言葉を持たず、ただ剣と弓を握り直す。
森はまだ、口を閉ざしたままだった。
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