契約の残響
グラフが焚火のそばでゆっくりと口を開いた。
「俺もバルトア神殿の書物庫で読んだだけだから、はっきりとそうだとは言い切れん…
でも、クモに剣が二本。あれはやはり、バイス王国の近衛兵のものに間違いないと思う」
「まぁ、あんたの記憶は信用してるわよ?」
サリオンが肩をすくめた。
「でもさ、滅んだ国の近衛兵って…私みたいなダークエルフならわかるけど、普通の人間ならもうとっくに死んでるでしょ?
もしくは相当な歳のはずよ……見るからに人間ぽかったし、変じゃない?」
「その割にサリオンも何も知らないよね?」
ミラが茶化すように笑う。
「わたしは大戦の頃、大陸に居なかったから知らないわよ」
「…あの~、話の途中で悪いんですけど…これからどうします?」
セトが手を挙げながら遠慮がちに口を挟んだ。
「足を突っ込むか?」
グランがすでに腰を浮かせている。
「お前さぁ、言い方ってもんがあるだろ?」
セトがうんざりとした声で返す。
“フン!”と鼻を鳴らしながら、二人のやり取りに一瞥をくれて、
「さて…あなたの名前、まだ聞いてなかったわね?」
サリオンがアマンダに視線を向けた。
「…あんた達、なんなんだい? 勝手に盛り上がってるけどさ…」
アマンダが少し身を引きながら腰の革袋を握る。
「このペンダントは渡さないよ? 大事な獲物だ、生活がかかってんだからね!」
「うん、いいから――お・な・ま・え…聞いてなかったから」
サリオンが笑みを浮かべてじりじりと迫っていった。
「…あたいはアマンダ…」
「ありがと。で、アマンダちゃん、あなたこれからどうすんのさ? あんたの小屋、多分見張られてるよ?」
「…あぁもう、外ればっかだ! あんたら…谷に戻るのかい?」
「いいとこを見つけたから、ギルドに報告しなきゃいけないしな」
グランが当然のように言い放つ。
「おい、川沿いルートはダメだぞ!」
セトが即座にツッコミを入れる。
「ハイハイ…うるさい。今はルートの話はしない!」
サリオンがセトを制してアマンダに向き直る。
「で? アマンダちゃん、一緒に谷に行く? まぁ聞いての通り、楽な道のりじゃないわよ?」
「…あいつらが来たらいやだしねぇ。ついていくよ」
「なら決まりだね」
ミラが軽やかに言って立ち上がる。
「また襲われたらどう対処すべきか…」
グラフが真剣に呟く。
「せめて神の御加護だけでも受けてくんない?」
ミラが祈る様なポーズで煽る。
「うるさい!」
グラフが顔を赤らめながら怒鳴った。
そして問題のルート選定で、一行の雰囲気が再びざわつく。
「さて、戻るとしたらどう行く?」
サリオンが立ち上がって腰に手を当てる。
「川沿いが一番早いだろ」
グランが当然のように答える。
「だから川沿いはダメだって言ってんだろ!」
セトが反射的に怒鳴る。
「なぜだ?」
「わかってるだろ? 魔物うじゃうじゃだって!」
「だから蹴散らすって」
「蹴散らせないやつもいるっての!お前空飛べるのかよ!」
「山越えはどうだ?」
グラフが冷静に提案する。
「いやいや、それこそ危険でしょ。滑落したら終わりよ?」
サリオンがグラフとグランを交互に見て答える。
ミラが眉をひそめながら
「じゃあ谷底回り?」
「それこそ魔物しかいないだろ…」
セトが一瞬身震いして答える。
「……全員うるさい。黙って、一回整理しよう」
サリオンが眉間を押さえる。
「決を取ろう」
「多数決?」
「いや、腕相撲だ」
「バカか!」
一行の言い合いはしばらく続いた――。
そしてようやく、セトがぽつりと漏らした。
「…ていうかさ、そもそも――ここ、どこ?」
沈黙。
「…え?」「あ…」「は?」
それぞれの顔が凍りつく。
「…まさか」
サリオンが振り返り、木々の隙間を見渡す。
「そういえば、北も南もわかんないよな…」
ミラが乾いた笑いを漏らす。
「森をうろつけば、帰れるわけでもないしな…」
グラフがため息をつく。
「つまり、川沿いが唯一の“方角が保証された道”ってことか?」
グランが腕を組みながら言った。
「うわ…それは否定できない…でも無理だろ?」
セトが唇を噛んだ。
こうして、道に迷っていたことが明らかになった一行は、ようやく現実を直視し始めた――。
だが、次の瞬間。
「…ちょっと待って」
サリオンの目がミラに向けられる。
「あんた、グラスランナーでしょ? 北も南もわからないって…何それ?」
「え? だって木ばっかで同じに見えるし…」
「あんた妖精の端くれでしょ!?」
「うん…だけど方向音痴ってやつ?」
「…はぁ…」
サリオンの顔が一気に青ざめる。
わたし、ずっとあんたの感覚を信じてたんだけど!?」
「いやその……頑張ってた……けど……ちょっと不安だった……のは……正直……」
ミラが目をそらす。
「うわ、マジでヤバいやつだこれ…」
ミラが思わず頭を抱える。
「おい、道案内ってお前じゃなかったのか?」
グランがやや真剣な声でミラを見る。
「道なき道の冒険、みたいなノリで…」
「…って、わたしが言うのも変だけど! グラスランナーって本来そういう種族でしょ!?
風を感じ、木々と会話するのが本来の姿だから!!」
サリオンの怒鳴り声が森にこだました。
「…あんた達一体なんなんだい?またまたはずれかい…」
アマンダがぽつりと呟いた。
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