煙と匂いの向こう側

一行は、半日かけて森の奥へと進んでいた。


木々は密集し、光はほとんど届かない。


湿った地を踏みしめるたび、靴底がぬかるみに沈む。


誰もが黙っていた。 さっきの戦闘が、茶番では済まないものだったから。


「さっきのやつら、群れじゃないよな?」


セトの声は、風にかき消されそうなほど小さかった。


「群れなら、今頃取り囲まれてる…俺はその方が良かった」


グランが残念そうに言う。


「ったく、これだから戦闘狂は…」


セトは「はぁっ」と息を漏らした。


だが、その時グランの鼻がひくついた。


「火の匂い。肉の匂い!」


斜面の先、濃い木立の合間に、煙が立ち上っていた。


茂みを抜けた先、グランが鼻を利かせて突き進む。


焚き火の煙。漂う香りは、確かに肉だった。


グランがそれを確認したそのとき、小屋の戸口がきぃと軋んで開いた。



赤茶色の髪を束ねた、若い女性―アマンダ。


串に刺した肉を握りしめ、目を見開く。


「…まったく、今日は当たりだと思ってたのに! 結局外れかいっ!」


串を捨て素早く小刀を抜く。


肩の筋肉がわずかに張り、目が全員の動きを測っていた。


森で生き延びてきた者の、本能だった。


「お、おい、落ち着け」


グランが両手を上げて一歩後ずさる。


サリオンが木陰から顔を出す。


「ちょっとグラン、何狩られてんの?」


サリオンが笑いながら小屋を見回す。


「っていうか、なにこの小屋? あんた一人?」


アマンダの構えが、ほんのわずかに緩む。


「…ギルド…か?」


グランが無言でうなずくと、アマンダは小刀をスッと鞘に納めた。


焚き火の煙が、静かにたなびいていた。


サリオンの目だけが、まだ“空気”を見ていた。


焚き火の煙の向こう、アマンダの背後に漂う、微かな“歪み”。


それは、匂いでも音でもない。 ただ、森の静けさに混じった“異物”だった

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