第三章:格闘家フラム
【第一節:最強の「相棒」】
アタシはフラム。勇者カイトパーティの切り込み隊長で、最強の格闘家だ。難しいことはよく分かんねえ。ウマい飯食って、ぐっすり寝て、仲間を脅かすヤツがいたら、この拳でブッ飛ばす。それがアタシの全てだった。
カイトは、アタシのことを「最高の相棒」だって言ってくれる。「お前がいれば百人力だ」って、いつも肩を組んで笑いかけてくれる。それが誇らしかった。パーティの誰よりも、カイトの隣で、対等な立場でいられるのが、アタシの特権だと思ってた。
アリアナみたいに女の子らしく世話を焼くのは苦手だし、ジークリンデみたいに冷静に作戦を立てるのも無理。イザベラみたいに妖艶な色気なんて、逆立ちしたって出せやしない。アタシにあるのは、この鍛え上げた体と、誰にも負けない腕っぷしだけ。だから、これでいいんだ。カイトの「相棒」として、役に立てば、それで。
…そう、頭では分かってる。何度も自分に言い聞かせてきた。なのに、時々、胸の奥が、どうしようもなく、ちくりと痛むんだ。
最近、なんだかメリルの雰囲気が変わった。前みたいに「私なんて…」って俯いてばかりじゃなく、どこか、ほんの少しだけ、芯が通ったような気がする。宿屋の手伝いをしてる、リリアって村娘と話してる時のあいつは、見たことないくらい、嬉しそうに笑うんだ。
その笑顔を見るたびに、胸の痛みが、少しだけ、大きくなる。なんなんだ、この気持ちは。腹でも減ってんのか? 訳の分からない感情は、体を動かして汗と一緒に流しちまうに限る。アタシはいつものように、村はずれの森に来て、一人、拳の鍛錬を始めた。
【第二節:汗まみれの姿】
「ダァッ! オラァッ! セイッ!」
気合と共に、大木に拳を叩き込む。ドスッ、ドスッと鈍い音が森に響き、木の皮が剥がれ落ちていく。全身から吹き出した汗が、Tシャツに張り付いて気持ち悪い。髪もぐっしょり濡れて、額に張り付いてる。お世辞にも、女の子らしい姿じゃないことくらい、自分でも分かってる。でも、こうしてないと、落ち着かないんだ。
「…あのう」
不意に、背後から声をかけられた。驚いて振り返ると、そこに立っていたのは、噂の村娘、リリアだった。手には、薬草か何かを入れた小さなカゴを持っている。
「げ、リリア…」
まずいところを見られた。こんな、汗臭くて、必死な形相で、およそ女らしくない姿を。カイト以外のヤツに、こんな姿を見られるのは、何よりも恥ずかしかった。特に、リリアみたいな、ただそこにいるだけで花の匂いがしそうな、アタシとは対極にいる「女の子」には。アタシは咄嗟に、ぶっきらぼうな声を出す。
「んだよ、何の用だ。見ての通り、取り込み中なんだ。あっち行ってろ」
でも、リリアは、アタシの言葉に怯むでもなく、一歩、近づいてきた。そして、目を、キラキラと輝かせながら、アタシの、この、汗まみれの体を見つめて、こう言ったんだ。
「わあ…! すごい…! カッコいい…!」
「…は?」
予想外すぎる言葉に、アタシの頭は、一瞬、完全にフリーズした。
【第三節:初めて言われた言葉】
「だ、だって…! 動きに、全然無駄がないんだもの。まるで、舞踏を見てるみたい…!」
リリアは、興奮した様子で、身振り手振りを交えながら続けた。アタシの拳が、蹴りが、どれだけ洗練されているか。その動きを生み出す、この体が、どれだけ鍛えられているか。
「それに…、その、筋肉…、とっても、綺麗…」
「き、きんにくぅ!?」
アタシは素っ頓狂な声を上げた。筋肉! この、ゴツゴツして、硬くて、およそ女性らしさとは無縁の、忌々しいとさえ思っていた、この筋肉を、綺麗、だと…?
「それに、一生懸命、流してる汗も…、なんだか、キラキラしてて…、とっても、素敵、です…」
す、て、き…?
言葉の意味が、頭に入ってこない。心臓が、ドクン、ドクン、と、今まで聞いたこともないくらい、大きな音を立て始める。顔が、カッと、火を噴くように熱くなる。なんだ、これ。なんだよ、これ!
「な、な、な、何言ってやがるんだ、バカ! あ、汗なんて、汚ねえだけだろ! 早く、あっち行け!」
呼吸の仕方も分からなくなってきて、意味不明な言葉を叫んで、リリアから顔を背ける。でも、リリアは、少しも悪びれずに、にこりと笑った。
「ごめんなさい。あまりにも見とれちゃって…。邪魔して、ごめんね。またね、フラムちゃん!」
そう言って、彼女は、ぺこりとお辞儀をすると、カゴを抱え直して、森の奥へと去っていった。
嵐のようなヤツだった。
【第四節:この気持ちは、なんだ?】
リリアが去った後も、アタシは、その場から一歩も動けなかった。大木に、ゴン、と額を押し付ける。心臓は、まだ、うるさく鳴り続けている。顔の熱も、一向に引く気配がない。
そっと、自分の腕に触れてみる。カイトに「頼りになる」と言われた、この腕。ジークリンデに「私にはない武器だ」と認められた、この腕。でも、誰にも、一度だって、「綺麗だ」なんて、言われたことのなかった、この腕。
『とっても、素敵、です』
リリアの言葉が、声が、笑顔が、頭の中で、ぐるぐると回り続ける。
「…なんなんだよ、アイツ…」
悪態をついてみるけど、全く、威力がない。むしろ、思い出すだけで、また、顔が熱くなる。
今まで、強い「相棒」であることに、何の疑問も持っていなかった。それが、アタシの居場所だって信じてた。でも、リリアは、アタシの強さを「綺麗」だと言った。アタシの努力を「素敵」だと言った。
この、胸を締め付ける、訳の分からない熱。カイトに「相棒」だって言われるのとは違う。もっと個人的で、独り占めしたくて、思い出すだけで顔が熱くなる、この気持ちは、一体なんなんだ。まだ、アタシには、到底、理解できそうになかった…
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