第一章:勇者カイトの輝かしい始まり

【第一節:異世界での奮闘と出会い】


異世界に来てからの数日間は、惨めそのものだった。言葉は意味不明な音の羅列で、食い物と呼べるのは石みたいに固いパンだけ。夜になれば、闇の中から得体の知れない獣の声が聞こえ、ただ耳を塞いで震えるしかなかった。俺が夢見た「勇者ライフ」とは、あまりにもかけ離れた現実だった。だが、女神にもらった「勇者の力」のおかげで、ゴブリン程度の魔物なら、そこらの棒きれで撃退できるようになった。少しずつ、本当に少しずつだが、この世界で生きていく自信が湧き始めていた。

そんな時だ。ゴブリンの群れに襲われている馬車を見つけたのは。これだ、と思った。これこそ、物語の始まりだ。俺は、アニメの主人公になりきって、精一杯の虚勢を張って叫んだ。

「そこまでだ、悪党ども!」

我ながら、ちょっと声が裏返ったかもしれない。でも、ゴブリンどもは俺に気づいて一斉に襲いかかってきた。必死に剣を振り回す。一匹倒すたびに、体が軽く、強くなる感覚。夢中で戦っているうちに、いつの間にかゴブリンの群れは壊滅していた。

「あ、あの…」

馬車からおずおずと顔を出したのは、柔らかな金髪を持つ、息を呑むほど綺麗な女性だった。聖職者のローブを纏っている。彼女こそ、賢者のアリアナだった。彼女の隣には、鋼の鎧に身を包んだ、凛々しい女剣士、ジークリンデもいた。

「助けていただき、ありがとうございます。あなた様は…?」

アリアナの潤んだ瞳に見つめられ、俺の心臓は馬鹿みたいに跳ねた。なんとか平静を装い、覚えたてのヒーローっぽい台詞を口にする。

「名乗るほどの者じゃないさ。…なあ、あんたみたいな綺麗な聖女様が、こんな物騒な旅をしてるなんて危ないじゃないか。俺が、あんたを守ってやるよ」

我ながらキザすぎる台詞だと思ったが、アリアナは「まあ…」と頬を染めて俯いた。彼女が「聖女」としてではなく、ただの「女」として見られたことに、一瞬、心を揺らしたなんて、この時の俺にわかるはずもなかった。俺はただ、「よし、効いた!」と心の中でガッツポーズをする。

ジークリンデは、そんな俺を厳しい目で見ていた。彼女の視線に気圧されつつも、俺は彼女の剣を指差して言った。

「あんたも、すごいじゃないか! めちゃくちゃ強そうだな。その剣、尊敬するぜ!」

思ったままの、純粋な称賛だった。だが、その言葉が、女を捨てて強さを求めてきた彼女の生き様そのものを肯定するものだと、俺は気づいていない。ジークリンデは一瞬、驚いたように目を見開いた後、「…ふん」とそっぽを向いた。これも、手応えあり、か?

こうして、俺の旅に最初の仲間ができた。アリアナは俺の身の回りの世話を焼いてくれ、ジークリンデは戦いで的確な指示をくれる。彼女たちが俺を「勇者様」と呼ぶたび、空っぽだった俺の胸は誇らしさで満たされていく。そうだ、俺は勇者なんだ。この二人を守るために、もっと強くならなければ。その想いは、まだ本物だった。


【第二節:ハーレム形成の始まりと「俺、またなんかやっちゃいました?」】


旅を続けるうちに、俺は自分の「勇者の力」が、戦闘以外でも発揮されることに気づき始めた。

とある街で出会ったのは、妖艶な魔女、イザベラ。彼女は強力な魔力を持ちながら、その力を恐れた街の権力者から疎まれていた。孤立無援の彼女を見て、俺は正義感に駆られた。面倒な交渉事は苦手だから、力づくで権力者を黙らせ、イザベラの研究室を守ってやった。

「な、なんで、わたくしを助けたりするのよ…」

戸惑う彼女に、俺は得意げに胸を張った。

「あんたほどの魔女が、こんな薄暗い場所で何やってんだよ。もったいないだろ、その力。俺が使ってやる。俺と来れば、あんたの魔法はもっと輝けるぜ!」

俺は本気でそう思っていた。彼女の素晴らしい魔法を、正しいことに使うべきだと。だが、承認欲求に飢えていたイザベラにとって、その言葉は初めて自分の力を無条件に肯定してくれた「救いの言葉」に聞こえたらしい。「べ、別に、あんたのためじゃないんだからね!」と顔を真っ赤にして仲間になった彼女を見て、俺は「あれ? 俺、またなんか良いことしちゃった感じ?」と、自分のカリスマ性に少しだけ酔いしれ始めていた。

次に仲間になったのは、森の奥で静かに暮らす獣人の賢者、フェル。見た目は幼い少女だが、その瞳には深い悲しみが宿っていた。話を聞けば、昔、弟子を失ってから、ずっと心を閉ざしているらしい。彼女の深い悲しみに、かける言葉が見つからない。だから、ただ思ったままを叫んだ。

「そっか…辛かったな。でも、俺がいる。俺、すげえ強いから、もうあんたの大事なもんが失われたりしないように、絶対守ってやるよ!」

それは、彼女の悲しみに寄り添う言葉ではなかったかもしれない。だが、喪失の恐怖に怯えていたフェルにとって、その根拠のない自信に満ちた「守る」という一言は、何よりも力強い響きを持っていた。「…お主、面白いことを言うのじゃな」。そう言って静かに笑った彼女が仲間になり、俺のパーティは四人になった。俺って、もしかして、結構すごいヤツなんじゃないか? そんな甘い思いが、心の中でゆっくりと膨らみ始めていた。


【第三節:拡大するハーレムと揺るぎない自信】


成功体験は、人間を驚くほど簡単に傲慢にする。俺も、その典型だった。次々と仲間が増え、誰からも「勇者様」と崇められる日々。いつしか俺は、彼女たちが抱える本当の痛みや悩みに目を向けることをやめ、「俺がなんとかしてやっている」という万能感に浸りきっていた。

脳筋だが快活な格闘家のフラムには、手合わせの後にこう言った。「お前、すげえな! うちのパーティの切り込み隊長は、お前に任せた!」。いつも「強い相棒」として扱われ、女として見られないことに悩んでいた彼女が、また「役割」を与えられたことに複雑な思いを抱いていたなんて、得意満面の俺が気づくはずもなかった。

感情を殺した暗殺者のシルヴァには、任務で返り血を浴びた彼女に、ヒーロー然として言った。「大変だったな。でも、お前がその手を汚してくれるおかげで、守れる命がある。俺が、お前のやる事、全部肯定してやるよ」。それは、彼女の心を救う言葉ではなかった。ただ、彼女の行為を「肯定」し、「利用価値」を認める言葉だった。だが、影に生きるしかなかったシルヴァは、その言葉に静かに従うしかなかった。

そして、王都で出会ったのが、聖騎士団長のヴィクトリアだ。正義と規律を何よりも重んじる、まさに鋼鉄の女騎士。彼女は最初、自由奔放な俺たちを「規律を乱す者」として、厳しく監視していた。ある事件で、俺が騎士団のルールを無視して街の人々を救った時、彼女は俺を詰問した。

「なぜ規則を破る! あなたの行動は、騎士団の秩序を乱す!」

俺は、そんな彼女に悪びれもなく言い放った。

「あんたの言う『正義』ってのは、目の前の泣いてるヤツを見殺しにするための言い訳か? 俺はそんな面倒なルールより、俺の力が届く範囲のヤツは全員救う。それが結果であり、俺の正義だ。文句あるか?」

俺の言葉に、ヴィクトリアは絶句していた。彼女が守ろうとしていた「正義」と、俺が示した「結果」との間で、彼女の信念を、俺が揺さぶってやった。そんな確かな手応えがあった。結局、彼女は自らの騎士団を抜け、俺の仲間になることを選んだ。「あなたの『正義』がどこへ向かうのか、この目で見届けさせてもらう」。そう言って仲間になった彼女の真意も、俺は「俺のカリスマに惚れたんだろ」くらいにしか考えていなかった。

こうして、俺のパーティは錚々たるメンバーになった。そして、勇者パーティ最後の仲間となったのが、竜騎士のメリルだった。強力な飛竜を操るという触れ込みだったが、実際に出会った彼女は、いつもオドオドしている気弱な少女だった。「私なんて…」が口癖で、正直、少しイラっとした。だが、彼女の操る飛竜は、今後の旅に必要不可欠な戦力だ。俺はメリルの肩を叩き、自信満々に言った。

「いつまでもメソメソするなよ。お前がしっかりしねえと、この立派な飛竜が可哀想だろ? 俺のパーティにいるからには、もっと胸を張れ!」

「は、はいぃ…!」と涙目で頷く彼女を見て、俺は満足げに頷く。「よしよし、俺がこうして自信を与えてやれば、こいつも成長するだろ」。彼女自身の価値ではなく、飛竜の価値をダシに勇気づけるという、無神経なやり方だったが、俺はそれを「的確な指導」だと信じて疑わなかった。

これで八人。俺の周りには、優秀で美しい女たちが揃った。彼女たちの間で俺を巡る小さな嫉妬やいざこざが起きても、「お前らは全員、俺のパーティの大事な戦力だ。くだらないことで連携を乱すなよ」と一喝すれば、皆「申し訳ありません、勇者様…」とシュンとなる。俺は、いつの間にか、彼女たちを対等な「仲間」だなんて思わなくなっていた。彼女たちは、俺という主人公の物語を彩る、都合のいいヒロインたち。俺の言葉一つで喜び、悲しみ、そして戦う、美しい駒だ。その認識が、たまらなく心地よかった…♥


【第四節:甘美な朝と旅立ち】


その朝、俺が目を覚ますと、そこはいつもの光景だった。俺の寝台の周りには、美しい女たちが花弁のように寄り添って眠っている。俺の目覚めに気づき、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる女たち。

「おはようございます、カイト様。お目覚めですか?」 「勇者様、今日の朝食は私が作りましたの。さあ、こちらへ」 「カイト、今日の予定、確認しておくか?」

彼女たちの献身を、俺は当然のこととして受け止めていた。俺が強いから。俺が勇者だから。俺が、こいつらを導いてやってるんだから。この状況は、全て俺の功績なのだと。

俺は満足げにベッドから立ち上がり、集まった女たちに告げた。 「よし、お前たち。準備はいいか? 今日は北の魔王城に向けて、少し長距離を移動するぞ」

その言葉に、七人の声が綺麗に重なった。

「「「「「「「はい、勇者様!」」」」」」」

ああ、なんて心地良い響きだろうか。この完璧な日常、俺だけのハーレムが、永遠に続くと信じて疑わなかった。

まさかこの数日後に出会う、取り立てて美しくもない、そばかすだらけの村娘一人に、この輝かしい世界の全てを根こそぎひっくり返されるなんて、この時の俺は、知る由もなかったのだ…

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