3. 火球爆発ミステリー

 自家用車を走らせ、東京都内にある帝都大学ていとだいがくのキャンパスに到着したのは、家を出てから約30分後のことだ。


 強い日差しに目を細めながら構内を歩く。まだ1コマ目の講義時間が始まる前で、人通りはまばらだ。試験期間中という変化はあるものの、先週までとおよそ変わらぬ平和な日常の光景だった。


 間もなく僕は、キャンパスの一角にある真新しい研究棟に到着した。

 2年前に新設された宇宙工学研究棟。僕の研究室はこの4階にあった。


「おはようございます、宇梶先生」

星江ほしえさん、早いね」


 研究室に入った僕を出迎えたのは、研究員の星江新葉わかばさんだ。彼女は今年博士号を取ったばかりだが、将来を嘱望しょくぼうされる研究者として、宇宙科学の分野で注目されている才媛だ。


「――はい。あの火球の件が気になっていたので」

「君もかい?」


 彼女が言う火球は、これまで僕が話に出してきたものと同一のものを指す。


 ミザール流星群。

 世界各地で6年ぶりにこの流星群が観測されたのは、3日前――金曜の0時前後だった。

 あの日、僕や星江さんは帝都大学が所有する長野県某所にある天文台に赴き、夜を徹しての観測作業を行っていた。


 そして、午前3時。

 流星群とは全く異なる、異常な軌道で地球の大気圏を抜けてきた火球が、栃木県の上空約10kmの位置で閃光を放ちながら爆発した。

 かつて起こった隕石爆発の記録と照らし合わせると、この低空での爆発で被害らしい被害がなかったのは奇跡的なことだ。――が、それも含めてこの火球に関しては謎が多い。


「先生、カリフォルニア工科大のシーカー博士からメールが来ていますよ」


 最近では僕の秘書代わりもしてくれている星江さんが、研究室のメーリングリストに届いたメールを確認してくれた。


「へえ……。ルイズはなんて?」

「やっぱり、あの火球の件ですね。向こうでも騒ぎになってるみたいです。今度リアルタイムでビデオ会議しないか、ですって」

「ハハッ、ルイズらしい」


 僕は同世代の熱心な研究者の顔を思い出し、噴き出してしまった。彼女とは、僕がカリフォルニア工科大の博士課程に留学していた頃からの付き合いだ。……つまり、もう10年以上になるな。


 実は、今回の火球爆発に関する観測データは、既に国際天文学ネットワークで世界中に共有されている。

 観測データに基づく計算や分析によって、飛来した隕石の軌道、大きさ、構成要素などの情報は徐々に明らかになっている。が、未解明のことも多く、世界中の天文学者たちが活発に議論を交わしていた。

 僕も当事者として議論に参加したかったのだが、あいにく金曜の徹夜作業で体力を使い果たしてしまい、いくつかのメーリングリスト上のやりとりをチェックするぐらいしかできなかった。


「ルイズには、僕から返事をしておくよ」


 僕は星江さんにそう伝えながら、自分のデスクでPCを起動した。


「さて……」


 まず確認すべきは、金曜にJAXAのスーパーコンピューターで実行したシミュレーションプログラムの実行結果だ。金曜時点では順番待ちリストに入っていたが、週末の間に長時間のシミュレーションが完了したことはもうわかっていた。

 はやる気持ちを抑え、シミュレーション結果をダウンロードする。


 そんな僕のために、星江さんが温かいコーヒーをれてくれた。

 ――せっかくなら、アイスを頼めば良かった……。

 僕の舌先は、まだ今朝の火傷やけどを引きずっていた。


「……ありがとう」

「いえいえ。――どんな結果が出たんでしょうね!」


 星江さんは研究者らしく、好奇心に目を輝かせていた。


 その気持ちは、僕にも通じるものだ。

 なにせ、これまで観測されたどの隕石や小惑星とも異なる、異常な特徴を持った天体だった。きっと、新たな宇宙の未知を解き明かすヒントになるのではないか――そんな期待をしなかったと言ったら嘘になる。



 その期待が、いかに脳天気で夢見がちなものだったか。



 ――それを僕らは、これから嫌と言うほど思い知らされることになる。

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