エリカ街道にて ─ In der Lüneburger Heide ─
猫アレルギー(無謀の塵)
第1部その異常な出生と数奇なる運命
序章
いくら戦勝国とはいえまだ戦禍の
小屋の床には死体から零れ出た虫が這いまわり、融解した死体の汁が黒ずんだ染みとなっている。その床の上に一匹の雌犬が横たわり、子犬に乳を与えていた。腐臭にひかれて小屋に入り込み、死体を食い荒らしたのはどうやらこの雌犬であることは容易に察しがついたが、何より彼を戦慄せしめたのは、その雌犬に取りすがって乳を飲んでいる子犬の中に、人間の嬰児が混ざって一緒になって乳を吸っていた光景である。警官は死体の空洞になった腹に目を向け全てを理解した……。
「その犬の乳で生きながらえたというわけか」
鑑識課と検死官の現場検証の調書からスコットランドヤードはそう結論付けた。腐乱死体となっていた女性はE国人で、粗末な小屋で客を取っていた街娼であることが解った。遺体には絞殺された形跡があり、恐らくは客との金銭トラブルだろうとされた。そうした事件は珍しくないからだ。だが産み落とした子供が獣の乳で生きていたなどという話は……。
「未開国などでは偶にそういう事例もあったらしいが何とも奇態な話だ」
警部はそう言い、調書を机に置いた。控えていた警官の一人は汚らわしいと吐き捨て、もう一人は神のご加護をと十字を切った。
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