魔女の井戸殺人事件

相羽廻緒

第1話 プロローグ

 満月の夜。

 豊作を願う太鼓と笛の音が辺りに響き渡る。

 巨大な井戸の周りに村の子どもたちが集まり踊り始める。それを眺めながら、大人たちは酒を酌み交わす。井戸の縁に飾られた大小様々なロウソクの火が、その様子を照らしている。

 やがて踊り疲れた少女が1人、踊りの輪から抜け出し、井戸の縁に腹這いになり、両手で井戸の水を掬った。それを見た数人の少年・少女が後に続き、汗ばんだ顔や首筋に冷たい水をかけ、渇いた喉を潤し始める。

 その間も太鼓や笛の音は止まず、他の子どもたちの踊りは続いていた。

 酒を飲んでいた男が1人、酔いを醒まそうと、水を飲む子どもたちの傍へ近づいた。男は子どもたちに笑顔で話しかける。だが、子どもたちは男の存在には気づかず、一心不乱に井戸水を飲み続ける。男は不審に思い、傍にいる少年の肩に両手を置き、自分のほうに振り向かせた。その時だった。

 最初に井戸水を飲み始めた少女が井戸縁の上に立ち、狂ったように激しく全身をくねらせ踊り始めた。踊りといっても、井戸の周りを踊る子どもたちのそれとはまるで違う。型などはなく、ただ思うがままに身体を動かしているだけ。恍惚とした表情を浮かべ、口元からだらしなく涎が流れ落ちている。

 その異常な様子に、男の酔いはすっかり醒め、井戸の中に落ちては大変だと、少女を地面に戻すため両手を伸ばした。だが、少女は男の手を振り払い、ロウソクを倒しながら、井戸縁の上を歩き始める。男は困惑の表情を浮かべ、酒を飲む他の連中のほうを見やった。彼らも少女の異変に気づいたらしく、腰を浮かし始めている。

 バッシャン!

 その音で、男が井戸のほうを振り返ると、井戸の水面に少女の足が逆さに浮いていた。男が心配していた通り、少女は井戸の中に落ちてしまったのだ。

 男は慌てて、井戸の中に飛び込もうとした。だが彼よりも早く、井戸の中に飛び込んだ者がいた。それも何人も。少女と一緒に井戸水を飲んでいた少年・少女たちが、井戸の中へ一斉に飛び込んでいく。

 男は呆然となり、井戸縁に両手を載せて、その中を覗き込んだ。他の男たちも駆けよってきて、男の横に立った。

 子どもたちが飛び込んだため、井戸の水面には複数の波紋が浮かび、そして―――その中で、満月が不気味に照り映っていた。

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