第3話 冬の静寂が教えてくれたこと
十二月に入ると、陶芸教室は年末の休みに入った。
「皆さん、来年もよろしくお願いします。良いお年を」
高橋先生の挨拶で、いつものクラスメイトたちがそれぞれ帰っていく。美咲は山田さんと一緒に教室を後にした。
「では、来年またお会いしましょう」
山田さんがいつものように穏やかに言うと、美咲は妙な寂しさを感じた。たった二週間会えないだけなのに、なぜだろう。
「はい。良いお年を」
そう返事をしながら、美咲は自分の気持ちに戸惑っていた。
年末のプロジェクトは順調に進み、美咲は充実した日々を送っていた。新しいマーケティング戦略は予想以上の成果を上げ、社内での評価も高まっている。
でも、ふとした瞬間に山田さんのことを思い出す。コーヒーを飲みながら窓の外を見ている時、書店で陶芸の本を見つけた時、テレビで職人の特集を見ている時。
『会いたいな』
その気持ちに気づいて、美咲は驚いた。でも、これは恋愛感情なのだろうか?以前の恋愛の時に感じた、胸が苦しくなるような激しい想いとは全く違う。もっと静かで、温かい感情だった。
友人の里美と年末のお茶をした時、美咲は正直に話してみた。
「なんだか不思議なの。会いたいと思うけど、恋してる感じとは違うの」
里美は興味深そうに聞いていた。
「それって、もしかしたら本当の愛情の始まりかもね」
「愛情?」
「うん。恋って、相手を手に入れたいって気持ちが強いでしょ?でも愛情って、相手の幸せを願う気持ち。相手が元気でいてくれればそれでいいって思える気持ち」
里美の言葉に、美咲は考え込んだ。確かに、山田さんに対しては「付き合いたい」とか「私のものになってほしい」という気持ちはない。ただ、彼が穏やかに過ごしていてくれればいいと思う。そして、また一緒に土に触れながら、静かな時間を共有したいと思う。
「でも、それって恋愛なのかな?」
「恋愛の形って一つじゃないよ。美咲が今まで経験してきた恋愛が全てじゃない」
十二月二十八日の夜、美咲のスマートフォンに一通のメールが届いた。差出人を見て、彼女の心臓が軽やかに跳ねた。山田さんからだった。
『桜田さん、お疲れ様です。
年末のお忙しい時期、いかがお過ごしでしょうか。
突然のお誘いで申し訳ないのですが、明後日の30日に、母の工房で小さな展示会を開くことになりました。地元の作家さんたちと一緒に、この一年で作った作品を展示します。
もしお時間があるようでしたら、ぜひいらしてください。
母にも、陶芸教室でお世話になっている方のお話をしていて、お会いできればと申しておりました。
場所は添付の地図をご覧ください。
無理をなさらず、もしご都合がつけばという程度で結構です。
山田』
美咲は画面を見つめながら、胸が温かくなった。これは誘われているということなのだろうか?でも、山田さんの文面はいつものように丁寧で、押し付けがましさがない。
彼女は少し考えてから、返信を書いた。
『山田さん、お疲れ様です。
素敵なお誘いをありがとうございます。
ぜひ伺わせていただきたいです。
お母様の作品を拝見できるのも楽しみです。
山田さんがいつも大切に話されている工房がどんな場所なのか、とても興味があります。
当日はよろしくお願いします。
桜田』
送信ボタンを押してから、美咲は自分の顔が微笑んでいることに気づいた。久しぶりに会える嬉しさと、彼の大切な場所に招待されたことへの感謝の気持ちが混じっていた。
窓の外では雪がちらちらと舞い始めていた。この冬の静寂の中で、美咲は初めて本当の意味で「人を大切に思う」ということを理解し始めていた。
それは激しい恋愛感情ではなく、相手の存在そのものを尊重し、共にいる時間を自然に愛おしく思える気持ち。急がず、求めず、ただそこにあることを喜べる感情。
二日後、美咲は初めて山田さんの大切な世界に足を踏み入れることになる。そしてそこで、彼女はさらに大きな変化を体験することになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます