第59話 オガ蔵Ⅵ

「お土産は嬉しいが鶏を捌いたことはねぇな……どうしても鶏肉が食いたいっつうなら≪等価交換≫で出してやるよ」


 無事にダンジョンまで戻ってきたオガ蔵達はマスターやクロをはじめ多くの仲間たちに迎えられるも、戦利品の鶏を見せるとマスターは珍しく渋い表情をした。


「ほう……鶏っスか。オイラは『唐揚げ』が食いたいっス!」


「だから自分で捌いたことがねぇから今すぐには無理なんだって。まあ冷食でいいなら出してやるケドさ。ただこの鶏をどうすっかな……」


 マスターはオガ蔵たちが持ってきた鶏を神妙な眼差しで見つめ何かを考え込んでいる。


 鶏たちも自分の未来を案じてかマスターを瞑らな瞳で見つめ返している。しかし残念かな、マスターはダンジョンの仲間に対して慈悲深いが部外者に対してはどこまでいっても冷酷だ。この鶏たちの先は暗い事だけは確定している。


 それでもマスターが考え込んでいる様子を見るに、いらない気苦労をかけてしまったかとオガ蔵は少しだけ申し訳ない気持ちになった。


「別に綺麗に捌かずとも、適当に羽をむしって適当に焼いて、ムシャムシャと食べてもいいんじゃないっスか?」


 クロの言葉に鶏の瞳に暗い影が落ちたように見えた。


「……いや、せっかく生きた家畜を持ってきてくれたんだ。どうせなら増やすことにするか」


 鶏の瞳に再び明るい光が差したように見えた。しかしそれは気のせいだろう。鶏に人の言葉を理解する知性があるわけがないのだから。


「ほうほう、また何か悪い考えでも浮かんだんスか?」


「ちょっと前から考えていたんだけどさ、ダンジョン改装で『平原』とか『森』とかのエリアを作成できたよな」


「植物系や昆虫系のモンスターの能力にバフのかかるエリアのことっスね。うちのゴブリンばっかのダンジョンにはあまり関係のないエリアっス」


「例えばだけどさ、そういった自然の豊かなエリアで野菜とか家畜を飼育できれば、ダンジョン内で自給自足して、余剰分を≪等価交換≫で残高に変換できるんじゃないかって思いついてだな」


「ふぅむ、またしてもダンジョンの常識から外れた突飛な考えっスか。まあ植物系のモンスターってのはある程度豊かな土地じゃないと生息できない生体なんで、そういったモンスターが活動できることを踏まえて考えればダンジョン内で野菜とかの栽培も不可能ではないはずっス」


「品質のいい野菜は《等価交換》で残高に変えて、形の悪いやつは鶏やミルワームのエサにする。そうやって育てた鶏もゴブリンを上手く捌けるように鍛えてやる。綺麗に捌けたやつは残高に変えて失敗したやつはゴブリンに与えて、骨の周りの肉はミルワームのエサにして、余った骨は砕いて野菜の肥料にしてやるんだ」


「いんじゃねぇっスか?食料の自給が出来るようになれば旨いものを食う機会も増えそうなのが特にいいっス!」


「だからお前のためにやるワケじゃないんだが……まあ上手く軌道にのれば、いずれはそうなるかもしれないけどな。そうと決まれば早速……と言いたいが、まずはオガ蔵たちの健闘をたたえるための祝勝会でも始めるか」


 しばらくはクロと話し込んでいたマスターであったが、ひと段落するとマスターの指示によってダンジョンの中にいる主だったゴブリンが集められ、祝勝会が開かれた。


 用意されたテーブルの上にはマスターが用意した様々な料理が所せましと並べられており、香しい匂いが会場を満たし、朗らかな空気とともに始まった祝勝会に集った仲間たちはオガ蔵たちの無事とその武勇を称えた。


 それはかつて冒険者によって奪われたかつての故郷の仲間たちと過ごした幸せな日々を想起させ、少しだけ哀愁に囚われるも、それに勝るとも劣らない素晴らしい仲間たちと再び出会えたという幸せな気持ちで紛らわせることも出来た。






 翌日、マスターは早速ダンジョンの改装に取り掛かっていた。


 マスターの力は凄まじく、ほんの短い時間でミルワームを育てていた部屋の隣に新しい平原のエリアが追加され、そこに野菜を育てるための畑と鶏を飼育するための簡素な小屋が建築された。


 加えて、いつの間にか自然環境の変化をもたらす魔法に特化した能力を持つ『ゴブリン・ドルイド』なるゴブリン・ジェネラルの亜種まで誕生しており、マスターの計画が初日からかなり進行しているという大きな成果を出していた。


 この特異な力をもつゴブリンの誕生には聡明な頭脳を有し万能とも思える力を行使するマスターでさえも驚いていたが、マスターの起こしたこれまでの軌跡を考えればこれもまた当然の帰結と言える結果だとオガ蔵には思えてならなかった。


 この偉大で強大な力を有するマスターの元で働けばもっと強くなれる。そしてダンジョンの発展に寄与することが己が強くなるための近道であるとオガ蔵は改めて確信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る