第58話 オガ蔵Ⅴ

「死ねやオラァ!!」


 一気に距離を詰め、振り下ろされた剣をオガ蔵は寸でのところで回避する。


 男は躱されることを動揺するでもなく流れるような動きでガンガンと連撃を繰り返し、オガ蔵は自身の持つ頑丈さだけが取り柄の武骨な鉄製の棍棒で攻撃を受け続けた。


「ガハハハハッ!防戦一方か、ちったぁ反撃してみやがれこのデカブツが!!」


「ウグゥゥ……オ、オノレ……!!」


 男の斬撃に後退し、オガ蔵は苦戦に喘いでいるような声を漏らす。しかしあくまでもそれは演技であり、実際には男の攻撃をそれほど脅威と感じてはいなかった。


(思ッテイルヨリ大シタコトハナイナ。確カニ中々良イ動キヲシテイルガ、素早サダケナラゴブ忍ノ方ガ上ダシ、パワーニ関シテハ、ゴブ助殿ノ足元ニモ及バン。……イヤ、何カシラノ奥ノ手ガアルカモシレナイ。気ヲ抜クコトハ愚カ者ノスルコトダ!!)


「モンスター風情が人間様の物を奪うことは万死に値する!死をもって償いやがれ!!」


 男の剣閃の鋭さが増した。オガ蔵が防戦一方だったとはいえ、攻め切れないと判断して何らかの『スキル』を発動させたのだろう。しかしその斬撃もゴブ吉との鍛錬の時に見た斬撃には及ばない。


(……一ツ、『毒』ヲ打チ込ンデオクカ)


 オガ蔵は躱せるはずの攻撃をその身で敢えて受け、痛みに苦しむ声を漏らしながらヨロヨロとよろめく。まるで大きなダメージを受けたかのような演技をすることで、男の次の一手を観察することにした。


 浅く斬られた胸から、わずかに血が滴り落ちる。


 少しばかり演技が大げさすぎたかと思ったが、男が不審に思った様子はなかった。牛の生肉を食べたことでオガ蔵の身体が全身牛の血で汚れおり、何よりも周囲がまだ暗かったことでオガ蔵と牛の血の区別がつかなかったのだ。


 勝負は決したと確信したのか、男は剣を肩に担いで嘲笑の笑みを浮かべている。敵に傷を負わせたとは言え戦場に置いてそのような大きな隙を見せたことで、オガ蔵は男の評価を下方修正した。


 この男からこれ以上学ぶことはないだろう。オガ蔵は会話をすることで時間を稼いでいると思わせつつ、自然な形で敵に偽の情報を与える訓練をすることにした。


「ド、ドウナッテイル……『ナナシ』カラハ、コレ程ノ強者ガ、イルナンテ聞イテイナイゾ!?」


「あン?誰だ、その『ナナシ』ってのは……」


 男が会話に乗ってきたことでオガ蔵は自分の計画が上手くいったことを確信する。


「……『ナナシ』ノ事ヲ話セバ、見逃シテクレルカ?」


「オッケーオッケー、見逃してやるからさっさと話せや。じゃねぇとこのまま斬り殺すぞ」


 見逃すつもりが全くなさそうな愚者を見下すような表情を浮かべているが、オガ蔵は地獄で仏に出会ったかのような表情を繕い、強者に命乞いをする弱者のようにの人物像を口にする。


「ヤ、山カラ降リテキタ時ニ、会ッタンダ。コ、殺サレルカト思ッタガ、村デ孤立シテイタ境遇ヲ話スト、同情シテクレテ、コノ辺リニハ強者ハイナイカラ、好キニ暴レレバイイト……!」


「ほう……で、その『ナナシ』ってのはどんな見た目のヤツなんだ?」


「ソ、ソレハ分カラナイ……イツモ、灰色ノローブヲ纏い、フードヲ目深ニ被ッテ、姿ヲ直接見タコトハナインダ……ダ、ダガ、俺ト戦ッタトキハ、強力ナ氷ノ魔法ヲ、使ッテイタ!」


 流ちょうに話すこともできるが、敢えてたどたどしくゆっくりと話すことで齟齬が生じないよう頭の中で会話の流れを組み立てていく。


 そうして短くない時間を話続け、どのようにして男に違和感を抱かれないでこの場から離脱するかと思案を巡らせた頃、村の自警団の一員と思しき村民が慌てた様子でやって来た。


「ザ、ザビーネさん!そ、倉庫が……倉庫の中の金目の物が盗まれています!!」


「は?一体どういう……」


 倉庫の中身が盗まれていたことにようやく村民が気が付いたのだ。もう少し早く発見され、この男に報告に来てくれれば良かったと思いつつ、男がオガ蔵から視線が逸れたその隙を突いて一目散に森に向かって走り出した。


「っざけんな!逃がすわけねェだろゴラァッ!!」


 後方から男の怒号が聞こえるがオガ蔵を追いかけることを優先させるか倉庫の中を確認するか迷っているらしく、素直にオガ蔵を追いかけて来る雰囲気はなく、そのまま森の中へと逃げ入ることができた。


 オガ蔵は予定通り大きく遠回りして追跡者がいないことを再度確認し、誰も付いてきていないことを確信してゴブ忍たちの待つ拠点へと戻ってきた。


「オ疲レ様デス。首尾ハイカガデスカ?」


「問題ナイ。モウ少シ早ク倉庫ノ件ガバレルト思ッテイタンダガナ。オカゲデ、イモシナイ男ノ話ヲ延々トスル羽目ニナッテシマッタ」


「ソレハソレハ、ゴ苦労様デシタ」


 拠点はすでにゴブ忍たちの手によってゴブ蔵たちがいた痕跡諸共消されていた。ここの痕跡を残すことがダンジョンにいる仲間たちの不利益につながるかは不明ではあるが、念には念を押すというマスターの教えを実行したというわけだ。


「サテ、ダンジョンニ帰ルトスルカ」


「エエ。先ホドクロ様ニ帰還スル旨ヲ報告ヲスルト『御馳走を待っているっス!』トノコトデス」


「フフッ……相変ワラズダナ、アノ方ハ。アマリ待タセテモ悪イカラナ、早々ニ帰還スルコトニシヨウ」


 オガ蔵たちは、ゴブ忍があらかじめ調査していた安全なルートを通ってダンジョンへの帰路へとついた。

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