第9話 強いという事

 ザッコスの心は再びグチャグチャになった。


 村に住んでいたころの彼にとって一番恐ろしいと思っていたのが領主であり、そんな領主を上回るほどの軍事力を持っていたのが頭目であるホーダーだった。


 ホーダーはザッコスの人生で出会った中では間違いなく最強の人間であり、大きな斧を両手に持ち楽々と振り回す猛々しい姿を見たときは、彼に勝てる存在はいないだろうと思えたほどに強かった。


 つまりホーダーの元にいれば自分は安全ということ。ホーダーの元で働けば自分は奪われる側から奪う側でいられるのだ。そんな考えの元、周りからのシゴキや理不尽に振るわれる暴力に耐えながら雑用係としてザッコスは懸命に働いた。


 しかしそんなホーダーもまた、自分と同じように奪われる側の人間であったということだ。


 ホーダーを殺したのは冒険者だった。おまけに、自分とさほど年の変わらない年齢層からなる若手中心のパーティーだったらしい。ザッコスは自分の人生は何だったのかと考え抜き、ある1つの答えにたどり着いた。


 それが『世の中は力さえあれば何もかもが思いのまま』というものだ。


 領主も力があったから村人であるザッコスの両親を殺してナーシャを奪った。ホーダーも力があったからザッコスを雑用係としてこき使うことができた。冒険者も力があったからホーダーを殺し盗賊団を壊滅させることができたのだ。


 ザッコスは力が欲しいと心の底から願った。力さえあれば何もかもが許されるというのがこの世界の理だからだ。しかしザッコスには力がない、ゆえに盗賊団の生き残りとして兵士に捕まり、処刑されることを恐れて帝国を捨て隣国である王国に逃げざるを得なかった。


 少しでも人目を避けるために、人気のいない場所を通りながら逃げることにした。もちろんモンスターの危険はあったが、冒険者に発見されるよりは遥かに生き残る可能性が高いと踏んでの思い切った行動だ。


 草原を抜け、林に入り、鬱蒼とした道なき森の中をひたすらに進んだ。


 頼りになるのは町の研ぎ師から預かった、盗賊団に所属していたころの非力なザッコスに対しても『自分と似た境遇だから』と少しだけ優しくしてくれた先輩が使用していた剣だけだ。


 冒険者がアジトに突入したとき、恐らく先輩も命を落としただろう。悲しくはない、先輩もまた力がないから殺されたのだ。


 腰に差した剣の重みだけがザッコスに残された唯一の生きる力だ。


 そうして帝国と王国の、ちょうど国境あたりに差し掛かったところでザッコスは思いがけない出会いを果たす。


「あっ!よ、良かった!人がいた!!」


 黒髪黒目の青年だった。身に着けている衣服に砂や泥などが付着しているが、ザッコスが着ているものと違いツギハギのない綺麗な服を身に纏っている。


 まるでワザと衣服を汚したかのような違和感を覚えるも、何よりも奇怪な点は武器や防具など身を守るものを一切装備していなかったことだ。


 どうしてこんなところに人がいる?自分を追いかけてきた……という可能性は無いだろう。そうであるなら武器の1つぐらいは持っているはずだ。


 だが念のために殺しておく方があと腐れがない……いや、この先の逃避行がどこまで続くのか分からない以上、血糊などによって剣の切れ味を落としたくないなどと言った葛藤がザッコスの頭の中を駆け巡る。


 だが不思議な少年の続く言葉にザッコスは己の耳を疑った。


「ダ、ダンジョンを見つけたんですっ!お、おまけにダンジョンコアも近くにあったんです!」


「なに?」


 ダンジョンコアと言えば冒険者ではないザッコスですら聞いた覚えのあるとんでもないお宝だ。本来なら危険なダンジョンを踏破し、その奥地にいる強力なダンジョンマスターを倒すことでようやく手に入ることのできるアーティファクト。


 それを売却すれば帝都で豪邸を買え、死ぬまで贅沢ができるとまで言われるほどの物がどうしてこんなところにあったのかという疑問と、どうしてそれをザッコスに知らせたのかという疑問が浮かぶ。


「どうして俺にそんなことを教える?」


「あっ……じ、実は隊商から離れてしまいまして……」


 しどろもどろになりながら話す青年の言葉を要約すれば、彼は隊商の一員であったがモンスターに襲われて隊員がバラバラになってしまったそうだ。この青年は命からがら逃げ出すことに成功し、森の中をさまよっていたところ偶然ダンジョンを発見したらしい。


「び、びっくりしました。ど、洞窟だと思って入ったら中に白く光るダンジョンコアがあったんですから」


 青年は本を読むのが好きでダンジョンに関する書物を何冊も読んだことがあったらしい。そこでコアに関する情報を知りえたので、今回発見した白い球体がダンジョンコアであるのだと確信したとのことだ。


「あ、あの……そ、それでですね……もしよかったら何ですけど……ボ、ボクと一緒にダンジョンに入ってコアを回収しませんか?ほ、報酬はコアの売却代金を折半でどうですか?」


 つまりこの青年は1人でコアを回収するのが怖いためザッコスに協力を仰いだのだ。身の丈に合わない立派な剣を持っていたことが原因か、このようなチャンスに巡り合えたことはザッコスにとっては幸運以外に何物でもない。


「ああ、任せておけ。このザッコス様がお前に協力してやろう!」


「あ、ありがとうございます!」


 青年は何度も何度も頭を下げて感謝の言葉を口にする。ザッコスは弱者を従えることはこれほど気持ちが良いのかと悦に浸った。そして―――


(ま、ダンジョンコアを独り占めにしてもこのガキは殺さないでいてやるか。俺様は気前がいいからな、コイツも命があるだけ感謝するべきだろう)


 ザッコスはコアを売却した後どのようなことをしようかと期待に胸を膨らませつつ、道案内をするため先を歩く青年に不審がられないようにザッコスは密かにほくそ笑んだ。

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