第8話 ザッコス
ザッコスはグランディス帝国ではさして珍しくもない片田舎にある農家の長男として誕生した。
優しい両親と、凡庸な両親の子供とは思えないほど端正な顔つきで産まれた妹のナーシャを含む4人家族のザッコスは、貧しいながらも幸せな幼少時代を過ごす。
ナーシャはザッコスにとって自慢の妹であった。
容姿が端麗でありながらそこのとを鼻にかけることもなく、他者に対しても優しく気遣いのできる子であったため村の誰もがナーシャを大切にしており、ザッコスもまた自分を慕うナーシャのことを大事な家族として愛していた。
しかしそんな生活はある日突然終わりを告げた。
ある年のことだった。帝都の役人に対する心漬けが必要とのことで領主からの税が例年以上に重く課税されたことで、ただでさえ食べるものにも苦労していたのでザッコス一家は困窮に喘ぐ。
そんな中、ザッコスは大切な家族が空腹に苦しむ姿を見兼ね、危険を承知で山に食べ物を探しに入った。
山には人を襲い、人を食べる怖いモンスターが生息している。冒険者からは雑魚と呼ばれるゴブリンですら獰猛な性格と一般人に比肩する膂力を持っているため、子供であるザッコスでは遭遇した瞬間、死を覚悟しなければならない脅威である。
それでもザッコスは山に入った。全ては愛する家族のためだ。
自分も空腹でありながら、畑仕事は体力を使うだろうからと自分の食事を兄に与えようとする妹のことを想うだけで、困難に立ち向かう勇気が湧き出て彼を突き動かしたのだ。
そうして運よく危険に遭遇することなく山の恵みを収穫できたことでザッコスは意気揚々と家路を進む。
その道中、村の様子がいつもと違うことにふと気が付いたが、一刻も早く収穫した食べ物を妹に食べさせてあげたい、そんな思いで疲れた体に鞭打ち、懸命に足を動かしようやく家の前に到着すると何故か家の周辺からむせ返るほどの血の匂いを感じたのだ。
どうして血の匂いが?誰かがウチの近くで罠で捕らえた獲物を解体したのか?そんな疑問が頭をよぎったが、考えを巡らせても答えが出ることはない。
ひとまずの疑問は差し置いてザッコスいつものように元気よく玄関の扉を開け広げた。
親に内緒で山に入ったのだ。危ないことをするんじゃない、お前に何かあったらどうするんだ。そんな風に怒りながらもザッコスの健闘を褒めたたえてくれる優しくも厳しい両親の姿は――――どこにもなかった。
血の匂いは家の中からしていたのだ、そう気づいたときには全てを理解せざるを得なかった。
玄関の近くには全身血まみれで力なく倒れる両親の姿があり、部屋には荒らされたような跡があった。茫然自失のまま両親を抱き起すとすでに冷たくなっており、脈を確認するまでもなくこと切れていることが分かった。
しかし妹の姿がドコにもない。
もしかしたら妹は無事かもしれない。両親の死の悲しみを押し殺しながら、淡い気持ちを抱いて部屋の中を探すも終ぞその姿は確認できず、ザッコスは途方に暮れながらも近所の家の戸を必死に叩いた。
この家にはザッコスの両親が普段から何かと気にかけている老夫婦が住んでいる。畑仕事以外では普段から滅多に外をであることはないため、きっと何かを知っているはずだ。
そしてこの夫婦なら自分の力になってくれるはず。そう期待を抱いて何度も何度も戸を叩き、ようやく出てきた夫婦からザッコスがいない間に何があったのかを知ることができた。
きっかけは領主の息子がナーシャの噂を聞きつけたことにあった。
美人で有名な村娘だ。領主の息子である自分の物にすると言っても問題は一切ない。そう考えた息子は兵士を派遣してナーシャを連れ去ろうとし、それに抵抗した両親が殺されたのだ。
良い噂を一つも聞いたことがない領主の息子に連れ去られたのだ。ナーシャの未来が絶望に染まったと言っても過言ではないだろう。唯一の兄である自分が妹を助けに行くべきだ。
感情はそう自分に訴えるが、自分が助けに行って助けられるわけがないという理性と恐怖によってザッコスは動けなかった。
そうして何もできぬままザッコスは両親の死んだ家で妹が返ってくるという奇跡に縋りながら数カ月を死んだように過ごし、そんな奇跡が起こるはずがないと確信したとき、彼は家を捨てて村を出た。
行先はなかった。しかし両親やナーシャを見殺しにした連中のいるこの村にいるよりは遥かにマシだ。そう思い、故郷を捨てることにザッコスは一切の迷いはなかった。
頼りになる身寄りも無ければ手に職もないザッコスが、脛に傷を持つ者同士の寄り合い所、つまり盗賊団に入ったこともある意味当然の流れであった。
盗賊団は大きく、そこに所属する団員はかってザッコスのいた村の住民よりも遥かに多かった。
おまけに団長も近隣では『両戦斧のホーダー』と恐れられ、彼に献上金を渡すことで襲撃しないでくれと懇願する領主までいたほどの大きな影響力があった。
盗賊団での下っ端の仕事は大変ではあったが、『ここにいれば自分の居場所をもう二度と奪われることは無いだろう』と思うと安心することが出来た。
そうして来る日も来る日も雑用をしていたザッコスであったが、その盗賊団が冒険者によってアッサリと壊滅させられたのは、彼が町に食料を買いにっていたほんの数時間の出来事だった。
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