一日だけの花嫁

高校生のユウは、親友のミサキに呼び出され、休日の朝に結婚式場の控室に立っていた。


周囲には純白のドレスが並び、少し緊張した様子のミサキがユウの隣に立っている。


「ミサキ、どうして俺がこんなところにいるんだ?」


ユウは困惑した表情でミサキに問いかけた。


いつもなら休日は家でゲームをしたり、友人と過ごしたりするのが日課だ。


それが、どうしてこんな結婚式場にいるのか、全く理解が追いつかない。


ミサキは、少し申し訳なさそうに視線をそらしながらも、口を開いた。


「実は…今日、ここでウェディングドレスのモデルが必要なんだけど…急にモデルの子が来られなくなっちゃって…」


「えっ、俺がモデル代わりってこと?」


ユウは驚きの声を上げ、身を引いた。


自分が「ウェディングドレス」を着るなど、考えたこともない。


「お願い、ユウ!今日はどうしても男性のスタッフが間に合わないって聞いて、どうしようもなくて…」


ミサキは必死な表情で両手を合わせ、まるでユウに懇願するかのように頼んできた。


普段強気で明るい彼女のこんな姿を目の当たりにするのは珍しく、ユウは思わず心が揺れる。


「でも、俺だって男だし…そんなドレスを着るなんて、恥ずかしいし…」


ユウは顔を赤らめながら、言葉に詰まる。


結婚式で花嫁の姿を見たことはあっても、自分がその立場になるなど到底信じられなかった。


心の中で「ありえない」と思いながらも、ミサキの期待を裏切るのも後ろめたい気持ちだった。


「大丈夫だって!ユウなら絶対似合うよ、それに今日はお試しの撮影だけだから。少しだけ、お願い…」


彼女の懸命な表情に、ユウは小さなため息をついた。


断る理由はいくらでもあったが、ミサキの頼みを断ることは心のどこかで難しいと感じていた。


「…分かったよ、ほんの少しだけだからな」


ユウがそう答えると、ミサキは嬉しそうに笑顔を見せた。


その笑顔を見た瞬間、ユウは自分の決断が正しかったのか、心の中で疑問を感じたが、もう後には引けなかった。


「よし!それじゃあ、ドレスを選んでみよう!」


ミサキはすぐさまユウの手を引き、控室の奥へと進んでいった。


そこには、さまざまなデザインのウェディングドレスが並んでいて、ユウは目を見開いた。


真っ白で美しいドレスが一列に並ぶ様子は圧巻であり、普段の自分とはかけ離れた世界のように感じた。


「うわ…本当に俺がこれを着るのか…」


ユウは一歩後ずさりし、冷や汗をかきながら呟いた。


ミサキはそんな彼の肩に手を置き、優しく微笑んだ。


「大丈夫だって、ユウ。ほら、あっちのドレスなんか、絶対に似合うと思うよ」


彼女が指差したのは、シンプルでありながらも華やかなフリルがあしらわれたドレスだった。


そのドレスを着た自分を想像することすらできず、ユウは一瞬視線をそらしたが、ミサキの期待に応えたい気持ちもあって、意を決してドレスに手を伸ばした。


「これを着るってこと…だよな…?」


震える声でそう確認すると、ミサキは力強くうなずいた。


「そう!ユウなら絶対に綺麗に着こなせるから、安心して!」


彼女の言葉に背中を押され、ユウは覚悟を決めてドレスを手に取った。


控室でスタッフに手伝ってもらいながら、彼はゆっくりとドレスに袖を通し、鏡の前に立つ。


そして自分の姿を見た瞬間、驚きと戸惑いが一気に押し寄せてきた。


純白のウェディングドレスが、彼の姿を包み込んでいる。


「まさか、本当に俺がこんな格好することになるとは…」


彼は驚きと戸惑いを隠せないまま、自分に語りかけるように呟いた。


その瞬間、隣で見守っていた親友のミサキが嬉しそうに笑った。


「ユウ、似合ってるよ!本当に綺麗!」


ミサキの言葉に、ユウの頬がかすかに赤く染まった。


彼女にとって、この結婚式場でのウェディングドレスのモデル撮影は夢のような体験であり、その手伝いを頼まれたユウは断ることができなかったのだ。


「でもさ、やっぱり俺、男だし…このドレスはちょっと恥ずかしいよ…」


ユウがそう言うと、ミサキは笑いながら肩をすくめた。


「そんなこと気にしなくていいよ!今日は一日だけの花嫁なんだから、楽しんじゃおうよ!」


彼女の無邪気な言葉に、ユウは少しだけ肩の力を抜いた。


それでも、ウェディングドレスの重みや、スカートの長さに慣れないため、歩くたびに足元に気を使わなければならなかった。


リハーサルが始まると、ユウはさらに緊張した。


ホールには数人のスタッフや友人が集まっており、みんなが彼の姿に注目しているのが感じられた。


「ユウ、ゆっくりでいいから、堂々と歩いてみて」


ミサキが優しくアドバイスをくれる。


ユウは小さく息を吸い込み、足を一歩踏み出した。


ドレスの裾を持ち上げて慎重に歩くたび、周囲の視線が自分に向けられていることを意識せざるを得なかった。


「…なんだか不思議な気分だな」


普段、男らしく振る舞おうと心がけているユウにとって、この「花嫁」としての役割は新鮮で、少し恥ずかしいものだった。


だが、その反面、心の奥底ではどこか高揚感が湧き上がってくるのを感じていた。


控室に戻ったユウは、再び鏡の前に立って自分の姿を見つめた。


ミサキが髪に花飾りをつけ、ヴェールをかけると、一層「花嫁」らしい雰囲気が漂った。


「ユウ、見てみて!本当に美しいよ」


ミサキの言葉に、ユウは自分でも驚くほどの恥ずかしさと嬉しさを同時に感じた。


鏡の中の「花嫁」は、自分の知らなかった一面を映し出しているようだった。


「こんな自分、初めて見るな…」


ユウの心の中で、戸惑いと同時に、少しの誇らしさが芽生え始めていた。


リハーサルの後半、ユウはさらにその役割に没頭していった。


花嫁としての歩き方や仕草が自然に身につき、周囲のスタッフからも感嘆の声が上がるようになった。


「ユウ、今日は本当にありがとう。私のわがままに付き合ってくれて」


ミサキが感謝の言葉を口にすると、ユウは軽く微笑んで応えた。


「いや、俺も楽しかったよ。なんだか不思議な体験だったし…」


ユウは言葉を詰まらせ、自分の胸の中で渦巻く感情に気づいた。


普段とは違う姿で、自分を見つめ直すことができたことに、感謝の気持ちが芽生えていた。


その夜、ユウは家に帰り、今日の出来事を思い返していた。


鏡の中に映った「花嫁」の姿や、周囲の反応、そして自分の中に湧き上がった不思議な感情。


「一日だけの花嫁か…」


ユウは、あのドレスを着た自分を再び想像し、心の中に小さな願望が残っていることを感じた。


男としての自分、そして「花嫁」としての自分。


今日の体験は、彼にとってかけがえのない思い出となり、彼の心に新たな一面を加えるきっかけとなった。

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