彼女のお願い、僕の秘密

大輝は放課後の静かな教室で、ため息をつきながらセーラー服に袖を通していた。


これは、決して彼の望みではなかった。むしろ、断りたかったのだ。


しかし、目の前には無邪気な笑顔で自分を見つめる美咲がいた。


「大輝、お願いだから一度だけでいいから着てみて!絶対似合うって!」美咲は満面の笑みを浮かべていた。


彼女に頼まれると、どうしても断れないのが大輝の弱みだった。


「そんなこと言われても、僕には無理だよ…」大輝は小さな声で反論したが、すでに美咲の手によって、彼はスカートを履かされ、ウィッグまでセットされてしまっていた。


「もう、そんなに嫌そうな顔しないで。ほら、鏡見てみて?」美咲は大輝を鏡の前に連れて行った。


大輝は不本意ながらも鏡を覗き込み、そこで見た自分の姿に驚いた。


「え…これ、本当に僕?」そこには、普段の自分とはまったく違う姿が映っていた。


少女のような顔立ちになり、スカートの裾が揺れるたびに自分の心が揺れるのを感じた。


「ほらね、やっぱり似合うじゃん!私の目に狂いはなかったわ!」美咲は満足げに微笑み、大輝の肩を軽く叩いた。「これで、文化祭の劇の衣装決定だね!」


「ちょ、ちょっと待って…これ、文化祭で着るの?」大輝は焦った表情で美咲を見つめた。「こんな姿、みんなに見られたら…」


「大丈夫だって!みんな絶対に喜ぶよ。それに、私が責任もって大輝を可愛くしてあげるから!」美咲の自信に満ちた言葉に、大輝は再び言い返すことができなかった。


「でも…」大輝の心にはまだ不安が残っていた。


女装をすること自体が恥ずかしいし、文化祭でみんなの前に立つなんて考えただけでゾッとする。


しかし、美咲の期待に応えたいという気持ちも捨てきれなかった。


「お願い、私のために頑張ってみて?大輝なら絶対にできるよ!」美咲は彼の手を握り、まっすぐな瞳で訴えかけてきた。


その瞬間、大輝は何かが心の中で変わるのを感じた。「わかったよ、美咲ちゃん。でも、これが最初で最後だからね…」大輝はため息をつきながらも、決意の表情で答えた。


「ありがとう、大輝!本当にありがとう!」美咲は大喜びで大輝に飛びついた。その明るい笑顔に、大輝もつい微笑んでしまう。


これから待ち受ける文化祭がどうなるのか、大輝にはまだわからなかった。


しかし、彼は美咲のために一歩を踏み出す決意をしたのだった。


鏡に映る自分は、まだ見慣れない姿だったが、その背中には、少しだけ自信が芽生えていた。


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