疑われてますよ!?稲形さん!



 退屈な歴史の時間は、手紙を回すにはいつも通り最適である。


『昨日は部活行けなくてすみません><』


『いえいえ。おうちのお手伝いはしょうがないよ。今日はどう?』


『行けます!』


 大丈夫らしい。本当によかった。今日も田貫さんと二人きりだったら、色々とやばかった。


『今日は少し、皆でやってみたいことがあるのです。気にいっていただけるかわかりませんが、協力してもらえますか?』


『もちろん、楽しみにしてるね』


 そこまで書いて、淡白すぎるかな、と思い、端の方に猫の顔を書いてみる。折角なので吹き出しをつけて、「楽しみだにゃあ」と言わせてみた。


「い……ッ!」


「どうした稲形、大丈夫か!?」


 稲形さんは小さく悲鳴を上げ、微かに漏れたそれを聞いた周囲と、歴史のおじいちゃん先生が心配そうに彼女を見つめる。


「だ、大丈夫でしゅ……ご心配なさらず……」


「それならいいが……気分が悪いなら、保健室に行くんだぞ?」


「問題ありません、お騒がせしました!」


 稲形さんが大きく頭を下げたのを見て、周囲は少し不思議そうに授業に戻った。

 僕は見てしまった。手紙を回した直後、稲形さんの尻尾が飛び出し、椅子との間に挟まれ、思わず飛び上がってしまったのを。


『お大事にしてね』


『お気持ちはありがたいですが、獅記さんのせいですからね!?』


 ぷりぷり、と怒りを示すように尻尾が一薙ぎした。


『なんですかあのかわいい猫ちゃんは!?』


『ねこです。よろしくお願いします』


『かわいくなくなってる!』


 付け足した三白眼の猫は不評だった。なんでだよ。かわいいだろ。

 そんな思いをしたためていたところ、丁度チャイムが鳴った。先生が出ていくと同時に、ガヤガヤと教室が騒がしくなる。


「稲形ちゃん、なんかあったん!?」


「特に問題ないですよ〜、ご心配いただきありがとうございますっ」


「それならいいんだけど……」


 先程の様子を心配したのか、いつもの陽の者三人が稲形ちゃんの元に集まってきた。


「ね、稲形ちゃん。ちょっといい?」


「はい?」


 プリン頭の陽の者に手招かれ、一人と三人は黒板の方の壁際で、ひそひそと耳打ちをする。別に盗み聞きしてするつもりも盗み見るつもりもなかったんだけど、なんだか妙に視線というか嫌な気配を感じたので、チラリと目を遣る。


「────────」


「……………………」


 明らかに目が合った。いや、それどころか、三人全員にチラチラ見られてた。

 何だか嫌な予感がするなと思いながら本を読む振りをしていれば、こちらに近づいてくる足音。


「ねえ、獅記」


 ゆるふわに髪を巻いた、プリン頭のギャルが、ぼくの机に座り、横目にぼくを睨む。


「アンタ、稲形ちゃんに何かした?」


「えっ、いやあ……」


 正直に言えば、めちゃくちゃしている。アレは予想外だったけど、結果的には、ぼくのせいだし。


「とぼけてもムダだよ。ネタは上がってんだかんね!」


 どん、と机を叩きながら彼女は言った。心なしか、ふんすと鼻息は荒かったし、ドヤ顔にも見えた。その脇から、茶髪ショートカットの子も主張する。


「アタシ見たもん、獅記が稲形ちゃんに変な紙渡すの! 後ろからなんか嫌がらせしてるんでしょ!?」


「い、嫌がらせなんてしてないですよ!?」


 妖膜はどうしたのかと思わず稲形さんにツッコミたくなったが、恐らくダメージとか動揺とかそういうアレコレで、ちゃんと張れていなかったのだろう。


「そうです、獅記さんは何も悪くないです! 私が勝手に反応しちゃっただけで……」


「稲形ちゃん……無理しなくていいんだよ? 獅記に脅されてるんだよね?」


「「脅されてないです!!」」


 声が重なった。この辺りでようやく、女子三人の間に疑念が芽生えたらしく、姦しさが鳴りを潜めて、「ねえ……」「もしかしてさあ!」「この前のアレって……」などと、ぼくと稲形さんを交互に見て、何やら相談が繰り広げられてる。


「ねえ、稲形ちゃん。そういえば最近誰かと文通してるんだよね?」


 ぴょこん、と稲形さんの稲荷さん部分が飛び出した。


「あっ、いえ、そんな大層なものでは……!」


「ウケる、この前自分で言ってたじゃん」


 動揺がしっかりと、身体だけでなく会話にも出ている。陽の者たちは、顔を見合せ頷き合うと、何かを察したように生暖かい、ニヤついた笑顔をぼくたちに向ける。


「いや〜邪魔しちゃってごめんね? ウチらのことは気にしないでね!」


「だいじょぶ、バレそうな時はアタシたちがちゃんと誤魔化すから!」


「え、や、違──」


 この状況をこそ誤魔化させてくれ。そんな思いでかぶりを振った僕の肩を、巻かれた黒髪の子が小突いた。


「獅記、稲形ちゃんのことを幸せにしろよな」


「じゃ、あとは若い二人でごゆっくり……」


 リアクションが保護者の方々すぎる。

 稲形さんの方にも「がんば!」「グイッと押してけ!」などといらない声援を送り、彼女たちは嵐のごとく、荒らすだけ荒らして去っていった。

 残されたぼくらは顔を見合せ、そっと苦笑いした。


「なんか、勝手に勘違いするだけして行っちゃったね」


「ですね……」


 悩みの種が一旦は消えたというのに、稲形さんは未だ悩ましげだった。


「あの、獅記さん」


「?」


「もしご迷惑だったら、その……お手紙を回すの、控えますので──」


「…………あー」


 ぼくは、目立ちたくはない。

 稲形さんとの接触が手紙メインなのは、面と向かって人と話すことに慣れていないのもあるが、彼女と喋って自分が悪目立ちするのが嫌だからだ。

 それは予め稲形さんに伝えてあるし、だからこそ、ぼくが部活に誘った時は驚いていたのだと思う。


「たしかに、頃合いなのかもしれない」


「…………はい」


「でも、いいよ」


 このままで、と続ける。稲形さんのつぶらな瞳が見開かれる。


「ぼくは稲形さんと、もっと色々話したいから。勘違いされたままなのは、ちょっと困るけどね」


 手紙くらい、仲良い友達なら回すものだろう? いや、ロクに友達がいたことがないので、よく知らないが……


「だから、その……これからも、どうかよろしく」


 そっと手を出しかけて、いや出しゃばりすぎかと引っ込めかけて。そんな中途半端なぼくを、彼女は優しくその手で包んだ。


「こちらこそ、よろしくお願いしますっ」


 ──それこそ、勘違いしてしまいそうだった。
























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