入部しましょう!稲形さん!
翌日の放課後。
「ここ……ですね」
たぶん、とぼくは続けた。部活棟の最奥。心なしか一番静かで、一際活気がなく、一つ頭抜けて埃っぽい。
言われなければ気づけないような空間に、その部活は存在していた。──というか、存在しているかどうか怪しいレベルだった。これまでの部活と違って、扉には何の記載もなく、しかも中からは人の気配が微塵も感じられない。磨り硝子のため中の様子は窺えないし、電気すらついていない。
「間違っていたら、ごめんなさいしましょうか」
する相手がいるかもわからないですけど、と笑って、稲形さんは扉をノックする。返答がないまま引き戸に指をかけ、ゆっくりと開く。
向かい合う形で、横長のテーブル二枚と六脚の椅子、それから大きな本棚が置かれた部屋。誰かの趣味なのか、そこかしこにフィギュアや小物が置かれ、雑多な印象を受ける。換気がされていないのか少し埃っぽくて、ぼくたちは少しだけ顔を顰めた。
「この部屋──」
稲形さんが何か言いかけたが、左奥から響いた、ページを繰る音に僕たちの意識は向かった。
左手奥で、大人びた女生徒が、レースのカーテンから差し込む光を受けて、ハードカバーの本を読んでいた。
「あの、すみません。部活動の見学に来たんですけど──」
「ん~? 珍しいな、お客さんかいな」
彼女が、こちらへと振り返る。
少しカールした、栗毛色のゆるふわなショートカット。眠そうな垂れ目と間延びした声が、どこか印象に親しみを与える。
「ようこそおこしやす、文芸部へ。茶の一つも出せまへんが、ゆっくりしてくりゃれ~」
「はあ、どうも」
言うや否や、彼女の視線は本へと戻った。稲形さんも思わずえっ、と声を漏らす。
「あの、ここはどんな活動をしていらっしゃるのでしょうか……?」
「どうもこうもあらへんよ。気が向いた時にここに来て、まったり本読んで、帰るだけやね」
「部員って、いま何人くらいいるんですか?」
「さあ、何人やろね。みんな幽霊やからなあ」
くすくすと、彼女は上品に笑った。部活動として存続している以上、あと数名は在籍しているはずなんだけど、みんな名ばかりなのか、或いは、来たとしてもこの人はこんな調子なんだろうなと、そう思わされるマイペースさがあった。
稲形さんと目を見合わせる。彼女も小さく頷く。
「あの、もしよければ、ここに入部させていただきたいんですけど──」
「勿論歓迎しますえ。いつも鍵は開いとるから、好きな時に来るとええわ。基本ウチしかおりまへんけど。いつ幽霊になっても構へんよ?」
「いえ、ぼくたちも本好きですし、参加できそうな日は参加させてもらいます」
「そうなん? そりゃあ嬉しいわあ」
「はいっ! 二年の稲形と申します、これからよろしくお願いしますね!」
口振りほど嬉しそうではないようにも見えた。一人の方が楽というようにも思えたが、稲形さんの明るさにかき消されて、真意を確かめづらくなった。
まあどちらにせよ、ぼくたちはここに所属するしかないわけだし。できれば上手くやっていきたいところだ。
「同じく二年の獅記です。ジャンル問わずなんでも読みます、よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも~。三年の田貫です、どうぞよろしゅう」
田貫さんは、目を細めてそう言った。
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