見学しますよ!稲形さん!
「席に着け、朝のHR始めるぞ」
教室の喧噪が収まり、皆が静かに教卓の方を向いた。
担任の犬上先生は、高校生に舐められがちな若い女教師という属性にしては珍しく、四角四面な態度と、圧のある切れ目の睨みで、みんなから慕われている。
「今年度から部活動への加入が義務づけられたことは既に伝えているよな? まだ加入していない者は、今週中に希望の部へ届を提出するように。以上」
簡潔に連絡事項だけ話して、犬上先生は去っていった。こういうサバサバしたところも人気の秘訣である。再び戻っていったしばしの喧噪の中、いつもの陽の者共が、前の席に近づいてきた。
「ねえねえ、稲形ちゃんっていま帰宅部だよね!? 何部入んの!?」
「そうですね……家の都合もありますので、ご迷惑をお掛けしないよう、できるだけ活動日が少なく済むものがよいのですが……」
「それなら茶道部どう? お茶飲んでお菓子食べるだけだしー、ゆるいからバイトしながらでもヨユーよ?」
「あ、抜け駆けすんなし! 稲形ちゃん絶対袴似合うから弓道部入ろうよ!」
「弓道なんてめっちゃ忙しいじゃん。稲形ちゃん運動神経いいしさー、テニス部入ろうよー。忙しかったら試合の時だけの助っ人でもいいから!」
「お誘いいただきありがとうございます。検討させてもらいますね」
にこりとビジネススマイルで返したところで、予鈴が鳴った。一時間目は数学である。朝から色々と気が重くなるなあ。
眼鏡の男教師の解説を欠伸混じりに聞いていれば、前からそっとルーズリーフが回ってきた。
『獅記さんって何部なのでしたっけ?』
『全然帰宅部なんだよね。だから、どうしたものかと考えてるとこ』
『興味あったら最初から入ってますもんねー。いまから言われても溶け込みづらいですし
(´・ω・`)』
『わかる』
相変わらず顔文字がカワイイ&ちょっと古い。
しかし、めちゃくちゃ頷いてしまう言葉だった。四月半ばでまだコミュニティが出来上がっていない&新入生も定着しきっていない状態とはいえ、二年生の段階になって急に参加するのはちょっと躊躇われる。初心者なのに立場は先輩っていう気まずい状態になりかねないし。
『それこそ、友達のいるところとかなら馴染みやすいんじゃない? 紹介してくれるだろうし』
『それはそれで申し訳ないですし、あまり興味を惹かれるものがなかったので……』
流石稲形さん、真面目である。極論、幽霊部員でも問題ないとは思うのだが、この感じだと少なくとも週一では顔を出すに違いない。
『獅記さんは、どこに入るか決めているのですか?』
『候補はいくつか決めてるよ』
と書いた後に、僕が候補に挙げている部活なら、活動日が少ない物が多いし、稲形さんにも都合がいいんじゃないかと気づいた。
『よかったら、一緒に見学しに行ってみる?』
『いいんですか!? 是非お願いします!!』
目の前で耳がぴょこんと跳ねた。黒板の公式が微妙に隠れた。
*
「一個目はここなんだけど……」
放課後。ある程度人が掃けるのを待って、稲形さんと共に部活動棟の校舎を歩く。一緒に回ってる時点で変わらないかもしれないが、あまり目立ちたくはないので。幸い、今日巡るのは文化系の部活だけなので、まあ、大した噂にはならないだろう。たぶん。
「し、失礼します」
【活動中】の看板が張られているのを確認して、ノックと共に扉を開ける。中に入った瞬間、鼻腔を突く何らかの薬品の匂い。空気中には毒々しい色をした煙が漂っており、もう既にここから離れたい気持ちで一杯になる。
部屋の中心では、白衣の男女達が何やらブツブツと論議を交わしていたが、その中の一人がぼくたちの方へと振り返る。
「ん? なんだねキミタチは!」
「ええと、一応見学希望なんですけど……お取り込み中でした?」
「何? フン、化学に興味があるとは殊勝なことだな。ようこそ、我が《化学部》に」
長髪眼鏡の男は、眼鏡をかちゃりと押し上げながら言った。どうやら部長らしい。何故か一人だけ、白衣の丈が妙に長いし。
「化学部って、一体どんな活動をしていらっしゃるんですか?」
「よくぞ聞いてくれた!」
稲形さんをビシッと指さし、化学部部長は高らかに語る。
「化学……それは、極めて緻密で繊細な、反応と結合の連続。それらを眺め、時には新たな何かを生み出す。それこそが我らが使命なのだ!」
「おおっ!」
おおっ! じゃないんだよな。思いの外、稲形さんが興味を抱いているらしい。これ、見る分にはいいけど内輪に入ると大変な奴だよ?
「ちなみに、いまは何をしていらっしゃるんですか?」
「他の部活動との共同研究で、とある薬品を開発しているところだ。おっと、何の薬かは聞いてくれるな。だが、これが完成すれば世界を大きく揺るがすことは、決定的に明らかだ!」
「おおっ!」
「はあ」
「まあ待ちたまえ。助手希望のキミタチのために、いま予備の白衣を持ってくるから──」
「すみません、急ぐのでこの辺りで失礼します!」
どんどん胡散臭くなってきた。まず助手希望じゃないし。
瞳を輝かせた稲形さんを半回転させて、教室の外へとやんわり押し出す。
「中々楽しそうな部活でしたね!」
「まあ、かなり愉快そうではあったね」
まだ一件目である。候補は他にもあるので、そちらに期待しよう。
化学部の教室から三個隣の、明らかに一回り小さな扉の前にたつ。硝子の上から【降霊中】という文字が張られ、中は黒いカーテンで見えないようになっている。またも胡散臭い、というか怪しすぎる。
「ここですか?」
「違うって言いたかったんだけど、一応ここです……」
稲形さんがまたも興味深そうに見ていたので、渋々扉の前に立つ。
扉を開けた。
「失礼します」
中は六畳ほどの空間で、全面に黒いカーテンと、胡散臭い何かのモチーフみたいなアイテムが並び、目深にローブを纏った女を、黒いマントに身を包んだ生徒たちが囲んでいた。
「ようこそ、我がオカルト研究部へ……見学の人々」
「な、何故私たちが見学で来ていることをご存じなんですか!?」
「フヒヒッ、それはワタシが水晶玉で覗いた未来だったから……」
「ま、まさか霊能力者……!?」
「……いやいや」
この時期に来る部外者といったら、まあ基本的には入部希望者だろう。水晶玉も明らかに硝子製だし、明らかに安っぽい。つまるところ、あまりホンモノ感はない。
「えーっと、ちなみにオカルト研究部さんは、どんな活動をしてるんでしたっけ」
「よ、よくぞ聞いてくれた……! 我がオカ研は、心霊的・不可思議的な現象の研究と、その再現に重きをおいて活動している……ッ!」
「……具体的には?」
「ミステリーサークルを生成しての宇宙人との交信、丑の刻参りの効果の実証、タロットや水晶を活用しての未来視など、多岐に渡る……」
「巫女でさえも難しいことを研究しておられるのですね……!」
稲形さんが純粋すぎて怖い。いつか何かに騙される恐れがあるんじゃないか?
や、現在進行形で騙されているともいえるが……
「嗚呼、それと最近は、霊視の研究……」
「霊視ってあの、未来見たり過去見たり守護霊見たりって奴でしたっけ」
「え、ええ。つい最近も、化学部と共同で、霊力を強める薬を開発したのだ……!」
胡散臭さが一気に二乗になった。しかもそれ、共同開発者が極秘事項って言ってたよ?
霊視って、それこそ化学ならぬ科学的に言うのなら、ホットリーディングとかコールドリーディングとか、そういう概念で説明できちゃいそうだし。
「そして完成したのがコレ……!」
「おおっ!」
オカ研部長が、毒々しい色の粉末を水晶玉の隣に広げる。これ、さっきの奴じゃん。
「……ちなみに、それ何が入ってるんですか?」
「そ、それは化学部部長に聞いて」
知らないんかい。あなたが依頼した薬じゃないのかよ。
唖然としていると、彼女は「丁度良いから、貴方方には検証に付き合ってもらう……!」と不安になる台詞を発して、薬を紙のようなもので包み、その上からライターで炙って、漏れ出た毒々しい煙を勢いよく吸引した。
「ちょちょ、それ大丈夫なんですか!? 絵面も効能も安全性も怪しすぎるんですけど!」
「そ、それは化学部部長に聞いて」
ごほごほと噎せながらオカ研部長は言った。いやあなたが聞いておくべきことでしょうが。
狭い室内で煙なんか燻したから当然なのだが、全員多少煙を吸い込んでしまったらしく、そこかしこで咳が聞こえる。稲形さんは渋い顔をしながらハンカチで口元を抑えているが、ぼくは間に合わず少し吸い込んでしまった……昔、小学校の避難訓練で焚かれていたスモークと同じ、少し甘い匂いがした。
「ひひ……霊力が漲ってきた……!」
換気のために扉を開けているうちに、オカ研部長はローブを脱ぎ捨て、鋭い三白眼でぼくたち二人を見つめていた。本当は今すぐにでも逃げたかったのだが、なぜか、蛇に睨まれた蛙のように動くことができない。
彼女はビシッと稲形さんを指さした。
「まず貴女! 貴女には、何か強大なオーラが憑いている。強力な守護霊……それも動物霊か? というより貴女自身が、何か霊的な力を持っているような……」
「い、いえいえそんなまさかっ!」
ケモ耳がある部分を押さえながら、稲形さんは大きく首を振った。尻尾が隠せていませんよ、稲形さん。
「そして貴方。貴方には、何か恐ろしい物が憑いている。これはそう──呪いに近い。それは貴方の過去に付随したもので、きっといずれ」
「失礼しました!!」
「あっ」
出鱈目を話され続けて気分が悪くなってきたため、慌てて部屋を飛び出した。慌てて廊下に駆けだしたところで、後ろから「獅記さん!」と聞こえて、慌てて立ち止まる。
「あっ、稲形さん……ごめんね、急に飛び出しちゃって」
「いえ、私もあの空間にはいられなかったので……あの人とあの薬、きっと本物です。妖力は見えませんでしたが」
「いや、きっと偶々だよ。霊能力者とかはだいたい妖力が強い人なんだもんね?」
「多くの方はそうですね。でも、全員がそうというわけでも──」
「じゃあ尚のこと、稲形さんの正体がバレかねないあそこには行けないよなあ。ごめんね、付き合ってもらったのに。あ、今日は活動日じゃないんだけど、まだ一件アテはあるから、そこも見てみようか」
「はいっ。……あの、獅記さん」
稲形さんは、少し逡巡して、それからぼくを真っ直ぐ見て。
「何もできないかもしれないですけど……私が力になれることがあれば、絶対協力しますからねっ!」
拳を強く握って、明るくそう言った。
「ああ――ありがとう」
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