推しと過疎ゲーを布教したらラブコメが始まった

暁貴々@『校内三大美女のヒモ』書籍

第1話 この過疎ゲーには救いが必要です


「はっはっ……はーっ、ぐ、ぐるじい……」


 過呼吸から始まる、朝六時。

 寝起きで頭が働いてないってのに心がむせびたがっていた。てか、噎んでた。


「ない、ないぞ。俺のAKが、SMGが」


 毛細血管を掻き毟りたくなる衝動に抗いながら、マウスを滑らせ状況を洗い出す。


 寝ている間にチェスト×15の中身を根こそぎ持っていかれたらしい。

 この惨状を目の当たりにすれば、誰だってゲーミングモニターの前で錯乱する。はず。


「硫黄100k……」


 あれ集めるのに何時間ファームしたと思ってんだ。


「ぎぎぎぎイヒヒヒヒ!」


 壊れかれの頭の中を走馬灯のように駆け巡るのは、制服のままデスクに突っ伏すまでの論戦ディベート

 もとい、若さゆえの過ちchat.say


◆マイケル:Raid after sleeping!!(寝たらレイドするぞ!)

◆カムロスト:Fuckyou!!(くたばれ!)


 ただの脅しだろうとなめていたら、あいつら本当にやりやがった。


「粘着してやる……あんのガキども、地獄の果てまで追い詰めてやる!」

「うるさい、兄貴! 何時だと思ってんの!」


 隣の部屋から妹の一喝。

 俺は悪くない。悪いのは、築四十年超えてる木造二階建ての壁だ。


 ――と。

 ……オフラインレイドとかいう、とち狂った文化だ。


「何時ってもう六時だが? サラリーマンとJCは起きる時間だぞ」

「私はまだ寝たいの、静かにしてよ」

「朝練行けよ」


 ドンッ(壁の耐久値が下がった音)。

 寝不足でご機嫌斜めか? 完全にスマホ中毒の弊害だな。


「しっかし、あのガキども……チートは使うわ、抜いた拠点に生首飾るわ、隠しチェストの底までさらっていくわ。道徳どこに落としてきたんだよ」


 俺だって一応、廃ゲーマーの端くれ。


 リアルを捨てた者としての誇りくらいはある。

 エオカピストルなしでも裸一貫で這い上がる覚悟がある。


 けどなぁ!


「せめて弓と食糧くらいは残しておくのが人情ってもんだろォ……!!」


 あー、ちくしょう……流石に全ロスはくるもんがあるな、ぐすっ。


 わかるか、この絶望が。

 高校生にもなって、ゲームで悔し泣きしてる男の気持ちが。


 開けっぱなしの窓の外で、キジバトがデッデーポッポと鳴いているのが余計腹立つ。


「はぁ。『Lostロスト』って、ほんと、諸行無常だよなぁ」


 老若男女問わず、性格破綻者の集まり。そんな地獄の片鱗を見せつけてくる、マルチプレイヤーサバイバルコンピューターゲームを知ってるか?


 ――『Lost(消失)』。


 タイトルの時点でもはや察しだが、やること自体は超簡単。


 資源を拾って、拠点立てて、装備をグレードアップさせて、ちょっとずつ文明レベルを上げていく……そのはずなのだが。


 難易度だけは、血も涙もないハードモード。

 生き残れ? ふざけんな、滅べ。住民全員そんなツラしてやがる。


 とまあ、こんな仕様だから、心が折れてログアウトしたまま二度と戻ってこないプレイヤーも多い。


 だからこそ、『Lost』には救いが必要なんだ。

 この理不尽を笑って広められる、そんなスターが必要なんだ。


 そう――杏仁あんにん白腐シロップ。キミにきめた。


『ぅぅぅ……ライムちゃん、助けて』

『シロ⁉ 何してるのよ、あなた⁉」


『でへへ、トラばさみ仕掛けたら、仕掛けた場所わからなくなっちゃった。あっ』

『シロォォォォ!!! 今、蘇生しに――っ、うぎゃアアァァァァァ!!!』


(ガチャン! ガチャン! 死体×2)

 バカすぎる。けど、最高。


 人気VTuber・柑橘かんきつライムを巻き込みながら、笑顔で自滅するシロたその切り抜き動画が、今日も最高に癒しだ。


 ……ま、今よりずっと『Lost』に熱があった頃の、一年前のアーカイブなんだけどさ。


「でも、この子なら、もう一度『Lost』に火をつけられる。そんな気がする」


 彼女のチャンネル登録者数は、今でようやく三万人ちょい。

 大手の『ぶいねくすと!』所属といっても、まだ下っ端もいいところ。歌ってみたは毎回音外してるし、エイムはガバいし、正直ゲーム全般センスがない。


 でも、誰よりも『Lost』を楽しんでる。

 視聴者がでも、笑って、叫んで、全力で『Lost』を遊んでいる(同接が下火になる過疎ゲーを未だにプレイしてるってのもポイント高め)。


 その穢れなき純粋さが――年々、闇堕ちしている俺の目には、眩しく映るのだ。


「この子は、いつかバズる……いや、バズらせる」


 しかし、困ったもんだ。彼女のリアルの素性は一切わからんし、俺みたいな登録者数ギリ一万人の底辺ストリーマーでは、事務所の壁を抜けそうにない。


 だが、必ずコラボしてみせる。


「はっはっはっは! 全ては布教のため!」


 次世代のスターと共演して、この神ゲーをもっと世に知らしめるのだ。

 ……なお、クラスで『Lost』を知ってるやつ、0人説。つら。

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