Detoured-3 はじめての矢櫃峠・前編
久しぶりの更新ですが今回は中学生編と高校生編の間のお話。たまにはガチレースじゃない話でもと思いまして、ヤイチとユーダイがヒルクライマーの聖地・ヤビツ峠に挑戦するお話です。
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中学3年生になって1か月が経った。
磯崎リヴァイアサンズに所属した僕とユーダイはチームでの練習を積み重ねて、ようやく5月下旬のレースで出場できる予定になっていた。といっても『チームを代表して』ではなくて、チーム内で数グループが出場するうちの1つとして、だけど。
それでも同じチームジャージを着けてレースに参加する以上は、情けない走りをするわけにはいかない。そのために僕とユーダイには、クリアしなければいけない課題があった。
「そんなワケでさ、なんかコツとかあったら教えてほしいんだよ」
「なんや忙しいのにイキナリ電話してきたと思ったらそんな事か。ん~登りなぁ……」
「いや、毎日練習で忙しいのに急に連絡しちゃってゴメンだけど。ここは乗ってる年数が長い茜に聞いた方が早いかなと思って」
そう、僕らの弱点は『登りの経験値が少ない』という事。
練習の本拠地がある大磯は海に面した海岸沿いで、おのずと日々の練習は海岸線での平地練習が多くなる。その分土日の練習なんかではきつい坂を上るような練習も盛り込まれてはいたけど、僕らはその練習ですら毎回苦戦を強いられていた。
今度のレースは平地のコースを周回するタイプではなく、緩やかではあるけど山を登って30キロ先のゴールを目指すものだ。だからGW最終日でチーム練習がオフになる明日、ユーダイと地元にある有名な峠道へチャレンジしてみることにしたんだけど。
「確かにチームで登り練習とかもあったけどなぁ……気合い? うん、登りは気合いと根性やって監督も言うっとったし、それしかないかな」
「え? あの……それだけ?」
唯一アドバイスをもらえそうな相手だった茜から聞けたのは『気合いと根性』という、なんとも参考にならなそうな言葉だけ。
「ああ、それから……」
「お⁉ なんか他にあった?」
「いやぁ……ないんやけど、さ。こんな風に電話貰うの、全然迷惑じゃないというか……たまにならえぇかな、って」
「なぁんだ、そんな事か。じゃあまた連絡するね」
「え、ちょっ、ヤイチ……」
結局、この状況を打開できるようなヒントはもらえないまま、チャレンジ当日を迎えることになってしまった。
GW最終日の祝日。峠に向かう手前のコンビニは結構な数のサイクリストでごった返していた。皆楽しそうに何分ぐらいでゴールできるかを予想して笑いあっているが、僕らにとってはそんな気分ではない。
「なんかさーこの峠、1時間以内にゴールできれば初心者卒業らしいぜ」
「それは僕も聞いたけど……1時間もずっと登るなんて、大丈夫かなあ」
これまでに1時間もかかるような山に挑戦したことはなかった。去年の今頃に挑戦していた学校の裏門坂だって、傾斜はキツかったケドせいぜい30分ぐらいで登り切れるコースだ。もしかしたらその倍くらいの坂をこれから上がらないといけないのかも、と思えば気分も上がらず自然と足取りも重くなる。
「まあ、あんまり気張らずゆっくり行こうよ」
「そうだな……って、いきなりストレートの登りかよ⁉ ここは一発! ゴッデス・クライムッ‼」
「ユーダイ!? いま僕『ゆっくり行こう』って声かけたよね?」
コンビニを出て1つ目のカーブを曲がった瞬間、飛び込んできた住宅街を貫く坂道にテンションが上がりすぎたのか、全力で加速を始めるユーダイ。そんな前半から飛ばしすぎて大丈夫かと思いながらも、必死で追いかける。
「ハァ、ハァ……この俺様のゴッデス・クライムに遅れながらも食らいついてくるとは。腕を、じゃなくて脚を上げたなヤイチ!」
息切れを起こさないようにギリギリのペースを保って追いかけると山の入り口、神社の大鳥居がある辺りでようやくユーダイに追いついた。
「とはいっても、これがレースでここがゴールなら大差負けだけど。ところで、ユーダイがやってるその……ゴッドなんとかってどうやるの?」
「なんだヤイチ、お前もようやく俺様の下でゴッデス軍団・副総裁の座に就く覚悟を決めたか! よ~しよし♪ ならば教えてやろう!」
正直そんな全然よくわからない手下ポジションにはまったく興味はないんだけど、どうやって登りであんな急加速できるのかは気になっていた。ユーダイは上がっていた息を整えると、「よく見とけよ」と言って僕の隣に並ぶ。
「まずはハンドルに掴まってペダルの真上に立ち上がるみたいな感じ。全体重をハンドルに集めるんだ‼ そして階段を2段飛ばしに駆け上がるイメージで思いっきり踏み込む。こうだ!」
そう言って数10メートルとはいえ、すごい急坂をダンシングで僕の前に飛び出すユーダイ。
確かに真横から加速しだす瞬間までを見ると、どういう原理なのかは理解できた。だけど多分……僕の筋力では彼みたいな加速はできない気がする。
「ぐっ……うあぁ‼ ペダル重っ!」
「もっとだヤイチ! もっとこう、自分の中のパワーを引き出すんだ‼ そうだ、技名を叫ぶと滅茶苦茶テンションが上がるぞ。特別に使うのを許可してやるから、お前もゴッデスクライムと叫ぶんだ!」
そんなアドバイスになるんだかわからない言葉を残すと、自分はその方法でまた先へと駆け上がっていくユーダイ。
「ご、ごっど……ごっで」
「あれ、青嶋君もここに来てたんだ? 奇遇だね♪」
恥ずかしいのを我慢しながら踏ん張って加速しようとする僕に颯爽と追いついてきたのは、真っ白なジャージと同じ色の自転車に跨った、明るい茶色の髪に爽やかだけどどこか安心感を与えてくれる笑顔。そう、此処に居ないはずの、同級生の赤城君だった。
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