第6話 火葬場のある町 3
三好澄花は待ち合わせのカフェに30分遅れて入店した。カフェにおどおどと入店してきた彼女の姿を不二崎が見つけると、彼女に向かって右手を上げてこちらに来て、と席を教えた。
澄花は不二崎を見ると早足で近寄り、通学かばんを椅子の上に置いた。
「ありがとう。時間を作ってくれて。雑誌記者の不二崎透子です」
同じタイミングでウェイターがやってきて、すでに注文していたアイスティーをテーブルに置いていった。
不二崎は通勤用のバッグから資料の入った分厚く膨らんだクリアファイルを出し、澄花に見せた。みるみる資料を見る目が見開いた。
「教えてもらった鈴が丘聖苑と第五火葬場についての取材記録なんだけど、見てくれる?」
「本当に行ったんですね」
ふたつの火葬場の歴史や管理会社に関わるレポートが、クリアファイルには入っていた。中身を見ないでも、澄花の顔から血の気がみるみる失せていく。日焼けのない頬から色が失われていく。
「これは他の誰かに見せましたか?」切羽詰まったような声を出す。
「まだ貴方だけ。どうしたの。顔色が悪い」
澄花の顔が青白くなり、表面は蝋のように冷たく固そうだ。顔を不二崎にぐっと近づけ、「私、誰かにストーカーされてます」とささやいた。
不二崎が「誰に」と言えば「知らない人から」と彼女は答えた。
「いつからストーカーされてるの?」
「分からないです。気づいたらいつも、誰かついてきてるなって感じです」
「気のせい――とかは」
「そういえば、家とかスマホに無言電話が来るんです。通学中とか下校中も誰かの視線を感じます。後ろから誰かがついてきている――気がするんです」
不安げな少女は目だけをキョロキョロさせ、しきりに周囲を気にしている。汗も出ている。
不二崎は澄花を落ち着かせるために紅茶を勧めた。時間が経つと息が整い、汗も引いた。ようやく話ができるようになると、彼女の方から切り出した。
「火葬場、変な場所でしたよね?」
――変な場所どころか。
「怪しい場所だったけどね。取材はしてみたけど、特に事件に関連してる風には見えなかった」
「多分、組織的に動いているんです。世間にバレないように隠蔽されてます」
「本当にそうだとして、どうやって調べれば良いんだろう」
やはり、警察の介入が良いのではないか。
「警察とか市役所は駄目です。奴らにバレる」
確かに、組織犯罪を行うならまず権力を抑えれば良い。しかしここまで来ると陰謀論に近い。
資料を見ていた澄花が、ある点を指摘した。
「ここの火葬場、現場見学とかやってるみたいですよ。不二崎さん、潜入できたりしません?」
「潜入……」
見ると、大聖霊苑葬送会館が期間限定でオープンな現場見学を企画しているようだ。
開催の主旨は、幅広い年代に葬祭業の大切さを知ってもらうためのもので、小学生の団体から個人予約まで受け付けている。
「私だけの判断じゃあ、出来ない。会社に相談しないと」
「ぜひよろしくお願いします。出来れば私も行きたいんですけど」
「え、行ける?」
「はい。不二崎さんとの予定が会えば……」
不二崎は会社に申し入れをしなければいけなかった。独断では潜入取材ができない。
話が落ち着くと、澄花は再び顔が青ざめだした。唇は潤いを失い、死人のような顔だ。
「私、もしかしたら殺されるのかも知れません。恐らく、火葬場に関することはタブーなんです。余計なことに首を突っ込んだから、きっと殺されます。でも私が死のうと、絶対に取材を止めないでください。告発してください」
その時の不二崎は澄花を落ち着かせるために、うわべで励ますしかなかった。
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