第4話:地震は突然に
「なっ、なんだ!? 地震か!?」
「地震!? なんだそりゃ」
俺は地震の多い国で育ったのでそれを知っていたが、周囲の人間はほとんど未経験だ。
そして、俺は知っている。地震耐性がない地域でこれだけの地響きが起きたらどうなるのか……。
「みんな! 外に逃げるんだ! 外に出ろ!」
人は予想できない出来事が起きると正常値バイアスがかかって動けなくなってしまう。正常値バイアスとは、なんでもないことだと思いこむように考えてしまい、目の前の事象を無視して普段通りに過ごそうとしてしまう人間のバグだ。
しかし、誰かがいち早くその呪縛から逃れて「逃げろ」と司令を与えることで我に返り動き出すことも俺は知っていた。
建物の外に出ると、周囲の建物からも続々と人が出てきていた。そして、やっぱりというか、予想通りというか、倒壊する建物が続出していた。
日本では地震が起きても建物の倒壊が少ないのは、ちゃんと地震のことを考慮して強度計算してるから。この王都みたいに地震がない地域では、当然そんなこと考えて建物を建てない。だから、一定以上の揺れで簡単に建物が崩れてしまうんだ。
「ラナンキュラス!」
「エース!」
幸い聖女ラナンキュラスは無事だった。あ、騎士カルミアや神官長ロックウォールも。他にも店で飲んでいた人は皆 外に逃げられたようだ。その中には、ゴルゴンゾーラ達も含まれていた。
「神官長様とラナンキュラスはケガ人の手当を! カルミアは逃げ遅れた人がいないか周囲の建物も確認してくれ!」
「「「はい!」」」
俺はストレージからありったけのヴォイスを取り出した。神官長とカルミアはそれを見てぎょっとしていた。ストレージの能力は誰でも持っているもんじゃない。今まで秘密にしていたけど、今は背に腹は代えられないのだ。
「ありったけのヴォイスを使ってください! 人の命には代えられない」
「「「はいっ!」」」
3人は持てるだけ持ってケガ人の手当に回ってくれた。
聖女ラナンキュラスは自分で癒やしの力を使えるだろうに! 急なことでテンパっているのかも。まあ、すぐに気づくだろう。
みんなにはそれぞれの仕事を頼んで、俺は……。そう、この地震の原因が目の前に横たわっていた。俺はそいつと対峙することにした。
そいつは地面の上でうごめいていた。やつの正体はドラゴン。いくらかのヤケドと殴られたような跡……ひどいものだ。他のドラゴンともめたのか、空中には別に10匹以上のドラゴンが飛んでいる。ケンカでもしたのか1匹だけ空から落ちてきたみたいだった。
その振動だけで地震と間違うほどの体重だ。大きさは多くを語るまでもない。
「空を見ろ! あのドラゴンの数!」
「終わりだ! 王都は終わりだ!」
街の一部の人間がうろたえている。一匹だけでも暴れれば帝都でも危機状態になるのにあんなに数がいるとなると……。
幸い倒壊した建物で死んた人や大ケガをした人はいないみたい。その上、神官長と聖女ラナンキュラスが対応に当たってる。建物のことを気にしなかったら大事にはならないだろう。
地面に落ちているドラゴンを見たら頭の中に声が聞こえた。
『たすけて!』
空には多数のドラゴン。地面にはボロボロのドラゴンが一匹。どっちが悪いのかなんて分からない。
ただ、弱そうに見える方を助けたいと思うのは日本人ってことだろうか。俺って高校野球を見ても、点数が少ないほうを応援してしまう性格なんだよ。
ここで肩幅に足を開き、地面にしっかりと立った。手のひらを広げて右手を掲げ、ドラゴンの群れに向けた。左手は右手の手首に添え支えた。
そしてイメージを練る。次の瞬間、魔法名を口に出した。
「アイシクルランス」
その声とほとんど同時に無数の氷の牙が空中に浮かび、整ったものから順次ドラゴンに向けて飛んで行った。
「ギャアギャアギャア!」
ドラゴン達は空中で統制を失い四方八方に逃げ回った。
足を踏ん張ったり、左手を右手に添えたりする必要はない。すごい威力の魔法を出すってイメージを持っているから身体も無意識に構えるだけ。
魔法はイメージ力なのだ。より詳細にイメージできる方が強い魔法を出すことができる。
「第2弾!」
空中に大量の氷の牙が飛んで行く。しかし、空の支配者ドラゴンにはそんなものではクリティカルしない。せいぜいかすめる程度だった。
ただ、一泡吹かせるには十分だったみたいで次々とドラゴンは逃げて行った。2匹だけは仕留めることができ、その死体が地面に落ちまた地震にも似た地響きを立てた。
それにより民家がいくつか倒壊した。やっちまった……。ドラゴンの死体はバラバラにして高く売れるというので、なんとかそれで弁償できないだろうか……。
「大丈夫か? いじめられっ子。いじめっ子は去ったぞ」
俺にメッセージを送ってきたドラゴンにそっと手を添えた。
『いじめられっ子じゃないわっ!』
地面でうごめくしかできないでいるドラゴンは不満らしい。また頭に直接メッセージが届いた。
「聖女ラナンキュラス!」
「はいっ!」
涼しげで透き通った声の返事が返ってきた。
「このドラコンに治癒魔法を頼む」
「はい!……え!? ドラゴンに治癒魔法!?」
俺の依頼に困惑する聖女ラナンキュラス。ドラゴンは魔物の一種と捉えられている。治癒魔法は人間に使うものっていう先入観はこの世界の人間だったら持っているだろう。でも、聖女ラナンキュラスは異世界の……日本から来た聖女だ。そんなこだわりは持っていない。
魔法はイメージなのだ。本気で治せると思ったら、治せるはず!
「できる! 聖女ラナンキュラスならできる!」
「はい!」
聖女ラナンキュラスはケガをしたドラゴンの治癒を始めてくれた。
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次が最終話です。
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