《運命に逆らうっ!》

 これまた精悍で野性的で筋肉質な男に舐められるような視線を向けられたせいで、海月はたじろいだ。大柄な客に戸惑っている双子ではあるが急にこんな考えに至る。

「あ、なんだ客かよ~」

「じゃあ、この人が先に見てもらわないと駄目だね」

 なにも知らない三重と甲斐が首を横に向けては残念そうな顔をしている。占いなどどうでも良い。――今はこの男を、占いで出た運命を否定しないとならない。運命に逆らわなければ、双子が自分のせいで巻き込まれる。

「走ろうっ! 逃げようっ!」

「え、え、えっ!??」

「ちょっ、海月さんっ!???」

 海月は三重と甲斐を連れて室内を出た。必死な形相で走りだす海月に二人は呆気に取られ困惑をしている。しかし海月にとってそんなのはどうでも良い。

(まずはこの二人を安全な場所へ……!)

「待てっ、海の供物っ!!!!」

「させるかっ、火の神っ!」

 海月は二人を連れて駆け出すと、後ろから大男が捕まえにやってきた。モグラもその後ろに付いている。

 モグラが走りながら静かに術を唱える。地面には淡い水滴が落ち、空中には雫が降り注いだ。

「水よ、土よ――我に力を!」

 するとモグラは手のひらから土砂降りの雨を大男に向けて発射させた。男はたじろいで口から業火を放つ。

 それは辺り一面を焼き付くほどの炎だ。双子さえも驚愕しこの事態を把握しようとする。

 だが大男――火の神は逃げ行く人間たちを背に宙を回ればとても大きな鳥へと変貌させた。轟轟しく燃える炎は触れてしまえばただでは済まさないであろう。

「なんだよ……これ」

「どういう、こと?」

 三重と甲斐がそれぞれ海月に向けて疑問をぶつければ、海月は真剣な表情で言い放った。

「――君たちは逃げるんだ」

 三重と甲斐を庇うように前に突き進み、火の神の元へ行く。すると双子が海月の手をそれぞれ掴んだ。

「どういうことだよっ!? 理由を聞かなくちゃ逃げられねぇよ!」

 三重の強い力に心も掴まれた。

「そうですよ! 海月さんが犠牲になることないです」

 甲斐が震えているが強く海月の手を握り締める。二人の力を振りほどこうにもほどけない。心さえも振りほどけない。

 だがそれでも、二人を巻き込むわけにはいかないのだ。……自分なんかの命で犠牲を払いたくなどない。

 火の鳥がキェェェェェと鳴いて羽ばたかせた。とんでもなく熱い。熱い熱風だ。

 海月は双子を守るように前に出た。そして突き進んでいく。自分の運命を受け入れるように。双子を守るために。火の鳥が海月を脅かすように鳴いた。

「そうだ海の供物よ、顔に出ているぞ。……お前は人間たちと神の餌として果たす運命なのだ」

「餌……だと?」

「そうだ。それは昔から決まっていたのに、人間たちが反故してきたのだ。……そして人間は、ようやく神の言うことを聞くようになった」

 火の鳥は海月に近づき海月の身体に触れる。焼けるように熱く、海月は悲鳴を上げる。

「海月さん!!!」

 甲斐が火の鳥を海月からなんとか退けようとすれば、術でトンネルを作り背後に回っていたモグラに避難させられた。もちろん三重もだ。

 海月が捕食されそうななかでモグラは二人を安全地帯に送り込み、それからにこやかに微笑む。

「大丈夫。海月は大丈夫だから」

 空に浮かぶ曇天に笑みを見せたモグラは折り畳み傘を二人に差し出し、戦場へと舞い戻る。

 術の発動まで十秒前――海月は今にも食べそうな火の鳥に向けて舌を出した。最後の抵抗だった。自分のささやかな抵抗だ。

 だがなにも知らない火の鳥は大きな口を開けて海月を捕食しようとする。しかし海月も自分が供物として果たす前に聞きたかったことがある。

「俺はどうして海の供物なんだ? 海がこの世界では絶対なのか?」

 火の鳥はにたりと嗤い「冥土の土産に聞かせてやる」業火のさなかで言い渡した。

「神々のなかでは海は絶対なのだ。……神は海から始まり、海で終わるのだから」

 謎の言葉を告げて海月を取り込もうとして――――ぽたり、雨雫が落ちた。

 それは次第に大きくなりザァザァと強さを増していった。

「うがぁっ、あぁっ、あぁぁっ、あぁぁっっ……――――!!!!」

 火の鳥は悶えるように悲鳴を上げて小さくなっていく。雨は天からの恵みだと言われている。海が荒れるかも知れないなとふと考えたが、それならそれで良いのかと思わない自分が居た。

 自分の中でなにかが芽生えつつある。やはり、自分は、自分は生きたいのではないかと。本当は生きることに焦がれているのではないかと。

 火傷しそうになった身体は雨に打たれたおかげでほどよく冷えた。すると声が。

「海月! そいつに名を示して……叫べ!」

「えっ、それはどういう――」

「いいから、早く!」

 息を切らしたモグラに命令をされ海月は少し考えた。それからぜぇぜぇと弱っている火の鳥へ向けて言い放つ。

「あなたの名は、火実ひじつ。――火実だ!」

 空中に浮かんだ金の輪っかが火の鳥を……火実を拘束し、火実はニワトリへと変貌した。驚きを隠せないでいる海月ではあるが、モグラは地面に倒れ込んだかと思えば……小さなモグラへと変貌する。チャイナ服を着た……十五年前に自分を助けてくれた姿で。

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