《火の神の夢》

 海月は目を見開いた。眼前に広がるのは赤々とした真紅の炎。灼熱に燃え盛る熱風であった。

「うわっっ!?? なんだ、ここは……?」

 建物が崩れていく音が聞こえる。ゆっくりと歩いていくと、『占いの店 モグラ』という看板が焦げ付いて焼かれていた。

「ひぃっっっ!????」

 少し悲鳴が上がった。夢なら醒めて欲しかった。だが、この身体が溶けるように熱く滞留したガスが真実みを増す。――逃げ出さねばっ……!

 だが走れなかった。この業火の炎は自分に対する罰なのかもしれない。自分が供物として生きなかった自分の罰ゆえに起こった出来事かもしれない。

 海月は逃げるのではなくそのまま炎の中に呑まれるようにゆっくりと歩を進めた。身体がなぜかそうしていた。理由は自分が知っている。自分が海の供物だからだ。

「よく来たな、海の供物よ」

 そこに現れたのは燃え盛る真紅に染まったとても大きな鳥であった。体長が三メートルはあるかもしれない。海月はそこでようやく自分の身体が嘘を吐いているのだと知る。身体が大きな鳥から逃げようとしていた。……逃げたいっ、そう実感したのだ。だが、炎の鳥はにたりと嗤う。

「ようやくありつけるぞ、海の供物よ。お前は供物として生きる運命なのだ」

 海月は息を呑んだ。汗の雫が垂れる。やはりここはかなり暑い。生唾を飲み、そしてこの大きな鳥の存在を憶測する。

「……あなたが火の神ですか。それに俺は……わかっていますよ、自分のことなんて」

 視線を逸らし自身の身の上を知る海月に火の鳥は目を細め――大きな口を開けた。そこへ一筋の水が海月と火の神に降り注ぐ。水は天井から流れていた。その水の泡沫はまるで天から降り注ぐように、海月を助け出す手かのように流れて落ちる。ほどよく冷たくて気持ちが良かった。

 海月はその瞬間、火の神から離れて逃げ去る。真っ赤に染まった空間を、崩れたがれきなどを避けながら走り抜ける。そして叫んでいた――


「モグラさんっ……って……――――」

 気づいたら天井を仰いでいた。動悸がし、息もままならない。羽毛布団を蹴って汗だくの身体を抱えたまま、久しぶりに朝のシャワーを浴びた。心臓が嫌な音を立てているので抑えたかったのだ。

 シャワーを浴びてバスタオルで身体を拭き、リビングへと出ると……事情がわかっていそうなモグラが優しい視線を向けていた。

「怖い夢でも見たんだろう? お前は一人で抱え込もうとする癖があるからな。朝食を食べがてら話してみろ」

 ミルワームのガーリックバターサンドにカエルの茹でサラダとミミズの酢漬けを出したモグラに海月は水を汲んでから、夢の話をした。

 ガーリックバターサンドを食しながら冷茶を飲むモグラは頷きながら聞いていき、また冷茶で飲み干す。

「なるほどな……。恐らく、火の神が近づいているんだろう。まぁ隷属も三体は追い出しているし焦っているのかもしれない。海月、……今日は嫌な予感がする。出張占いはやめておけ」

「嫌な予感って……、モグラさんはわかるんですか? もしかしたら火の鳥が……神が俺を食べに来るかもしれないって」

 ガーリックサンドを食べ終えた海月はカエルのサラダに手を伸ばす。するとモグラは呆れたように少し微笑んだ。

「火の鳥は横暴だからね。先手を打っておいた方が海月を守れるから」

 それからミミズの酢漬けを食している。海月はモグラの今までの好意に疑問を抱いていた。それを今ここで打ち明ける。

「どうしてモグラさんは、俺のことをそんなに心配してくれるんですか。俺はそんなに生きても意味のない人間なんですよ」

「……生きても意味のない、人間、ねぇ?」

 モグラは海月の純粋な言葉を聞いて困ったように笑んだ。そして放つ。

「意味のない人間なんていないよ。俺はお前の先祖と約束したんだ。――もしも自分の子孫が不遇な目に遭ったら助けて欲しい、……って」

 また先祖の話をするモグラに海月は脳内でクエスチョンを描いたのだ。

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