第14話 笑えない日
「これが、妹さんの“最後の記録”です」
銀髪の少女が差し出した端末は、冷たい金属の感触がした。
記録管理局の地下保管室。壁一面に並ぶ記録端末が、まるで墓標のように沈黙していた。
俺は震える手で端末を受け取り、深く息を吸った。
起動音とともに、映像が流れ始める。
そこにいたのは、妹だった。
笑っていた。いつものように。俺の記憶の中の、完璧な笑顔。
でも、違った。
その笑顔の奥に、何かが揺れていた。
『レン。もしこれを見てるなら、私はもう記録の中にいる。あなたの笑顔が、私をここに留めてくれてる。でもね――』
妹の声が震えた。
『私は、あなたが笑うたびに、少しずつ壊れていったの』
俺は息を呑んだ。
『あなたの笑顔は、誰かを救う。でも、私の記録は、感情の強さに耐えられない。あなたが笑えば笑うほど、私は“理想の妹”として固定されていく。本当の私が、消えていく』
映像が揺れた。
『私は、泣きたかった。怒りたかった。あなたに、弱音を吐きたかった。でも、あなたが笑ってくれるから、私は“笑顔の妹”でいなきゃいけなかった』
俺は、崩れた。 俺の笑顔が、妹を縛っていた。
『記録の番人は、あなたの笑顔を“鍵”として使った。でも、鍵は時に檻になる。私を閉じ込める檻』
銀髪の少女が言った。
「記録の番人は、感情の均衡を保つために、記憶を“編集”することがあります。妹さんの記録は、あなたの笑顔に合わせて“理想化”されていた」
「それって……俺が、妹を壊したってことか?」
「壊したのではありません。固定したのです。彼女の“本音”を、あなたの笑顔が覆い隠してしまった」
俺は叫んだ。
「ふざけんな!俺は、守りたかっただけだ!」
「守ることと、縛ることは違います」
その言葉が、胸に刺さった。
映像の中の妹は、笑顔のまま涙を流していた。
『レン。私は、あなたの笑顔が好きだった。でも、それに縛られて、私は“本当の私”を失った。記録の中で、私はずっと笑ってる。泣くことも、怒ることも、許されなかった』
俺は、笑えなくなった。 笑えば壊れる。笑えば消える。
俺の笑顔は、誰かを救うと思ってた。でも、誰かを壊していた。
「記録の番人は、感情の強さを“秩序”に変えるために、記憶を編集します。あなたの笑顔は、秩序の象徴だった。だから、妹さんの記録は“笑顔”に固定された」
「それって……俺の感情が、誰かの記憶を歪めるってことか?」
「ええ。あなたの笑顔は、強すぎる。だから、記録の番人はそれを“鍵”として使った。妹さんだけじゃない。あなたの周囲の記録も、少しずつ“理想化”されている」
「じゃあ、俺が笑うたびに、誰かの“本音”が消えていくのか……?」
「可能性はあります。記録の番人は、誰の感情を優先するかを選んでいる。あなたの笑顔は、優先される側だった」
その夜、夢を見た。妹がいた。泣いていた。初めて見た。
「レン。もう、笑わなくていいよ」
目が覚めたとき、俺は泣いていた。
そして、笑えなかった。笑顔が、怖かった。それは、誰かを壊すかもしれないから。
俺は、笑えない人間になった。
でも、それが“本当の俺”なら――
それでも、守りたいものがあるなら――
俺は、笑わずに戦う。
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