第9話 記録の狭間

翌朝、俺は昨日の紙を握りしめて、記録管理局へ向かった。銀髪の少女が言っていた“非公開資料”の出所を確かめるためだ。局の受付で、俺は妹の名前を告げる。


「空木ミナ。協力者だったはずです」


係員は一瞬だけ目を細めたが、すぐに端末を操作し始めた。少しして端末から顔を上げる。


「空木ミナ……記録は存在します。ただし、閲覧には“感情認証”が必要です」


俺は戸惑う。初めて聞く言葉だったからだ。


「感情認証?」


係員は頷いた。


「彼女が残した記録は、特定の感情を持つ者にしか開けられません。彼女が指定したのは“笑顔”です」


俺は息を呑んだ。昨日の紙、〈笑って。それが、あなたの武器だから〉あれは、鍵だったのか。係員が小さな装置を差し出した。


「笑ってください。心から」


俺は、妹のことを思い出した。無邪気に笑う彼女。俺に向けてくれた、あの笑顔。

……あの笑顔、俺、大好きだったんだよな。よく釣られて笑顔になってた。俺は、笑った。装置が光った。認証成功。端末に一つの記録が表示された。そこには、妹の映像が映っていた。彼女は、俺に向かって話していた。


『レン。もしこれを見てるなら、私はもう“記録の狭間”にいる。ここは、存在と記憶の境界。私は、あなたの笑顔を記録に変えた。だから、あなたが笑えば、私はここに残れる。忘れられないために』


俺は震えた。妹は、記録になった?存在を維持するために、俺の笑顔を使って?映像はそこで途切れた。係員が言った。


「彼女は、記録の中で生きています。あなたが笑う限り」


俺は、紙を見つめた。妹の筆跡。日付が“今日”だった理由。彼女は、俺が笑った“その日”に、記録として現れる。だから、紙は今日だった。俺が笑ったから。だけど、俺の背後で、誰かが囁いた。


「笑いすぎると、記録が崩れるよ」


振り返っても、誰もいなかった。俺は、その瞬間、何かが崩れ、笑えなくなった。いや、そう思ってるだけかもしれない。ただ、なにか、どこかが失われて、笑えなくなった。

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