029 第27話:学校という戦場

 4月24日木曜日、午後3時30分。


 世田谷区立聖蹟中学校の校門前に、一台のトラックが停車した。白い車体には「東京エアコンメンテナンス」の文字と、空調設備のイラストが描かれている。ごく普通の業者用車両だ。


 運転席から降りてきた男——呂閻王リュイェンワンは、作業着姿で点検用の工具箱を持っていた。表向きは、ただの設備点検業者。しかしその目には、獲物を前にした捕食者の光が宿っていた。


 校門の警備員室に向かう。50代と思しき警備員が窓から顔を出した。


「ご用件は?」


「定期点検で来ました」


 呂閻王は、偽造した点検依頼書を差し出す。完璧な偽造だった。龍海峰の電子技術の賜物である。


 警備員が書類を確認しながら、無線機に手を伸ばそうとした。


「少々お待ちを。事務所に確認を——」


 その瞬間、呂閻王の手が警備員の肩に触れた。


 気功の技術。微弱な電流のような「気」が、警備員の神経を麻痺させる。警備員の目が見開かれ、そのまま意識を失った。


「面倒くせえ」


 呂閻王は警備員を椅子に座らせ、まるで居眠りをしているかのように見せかけた。そして何事もなかったかのように、トラックを校内に進入させる。


 駐車場に車を停め、呂閻王は荷台から黒い大きな鞄を取り出した。中には術式の道具一式が入っている。


 まず、校門に第一の札を設置する。血で描かれた複雑な文様が、黄ばんだ和紙に刻まれていた。校門の柱の影、目立たない場所に貼り付ける。


 次に裏門へ。同様に札を設置。東門、西門と、学校を囲む四方に札を配置していく。


 そして最後に——校舎裏手の倉庫に入り、中心祭壇を設置した。


 祭壇は簡素なものだ。木箱の上に赤い布を敷き、中央に羅盤を置く。その周囲に五行に対応した色の蝋燭を配置し、古い経文が書かれた巻物を広げる。


 呂閻王はトラックに戻り、荷台から三つの棺桶を引き出した。中には、既に僵尸キョンシーと化した死体が眠っている。


 元ヤクザ二名。元ホームレス一名。いずれも呂閻王が「素材」として確保し、僵尸化の術を施したものだ。


 三体の僵尸を校庭の隅に並べ、呂閻王は腰に下げた骨笛を取り出した。


 笛を吹く。


 甲高い、不協和音のような音色が校庭に響いた。人間の耳には不快にしか聞こえない音だが、僵尸たちにとっては命令の信号だ。


 三体の僵尸が、ゆっくりと立ち上がった。青白い肌、固まった表情、両手を前に突き出した不自然な姿勢。額には黄色い札が貼られている。


 呂閻王は再び倉庫に戻り、祭壇の前に立った。古代中国語で呪文を唱え始める。


 低く、リズミカルな詠唱。それは古代から伝わる、空間を操る秘術——奇門遁甲・石兵八陣の発動呪文だった。


 校門、裏門、東門、西門に設置された四枚の札が、同時に淡く発光した。光は徐々に強まり、やがて学校全体を覆う半透明の障壁へと変化していく。


 空間が歪んだ。


 目に見えない壁が、聖蹟中学校を外界から完全に隔離する。内側にいる者は外に出ることができず、外側からの干渉も遮断される。


 呂閻王は祭壇の羅盤を確認した。針が正しい方向を指している。術式は完璧に発動した。


「封鎖、完了」


 不気味な笑みが、呂閻王の顔に浮かんだ。


「さて、200人程度か」


 彼は校舎を見上げた。今まさに授業が行われている建物。何も知らずに日常を過ごしている生徒と教師たち。


「全員、俺の僵尸にしてやるよ」


 呂閻王の目が、獲物を前にした狩人のように光った。


「そうすりゃあ、エイリアン野郎も炙り出せんだろ」


 彼は骨笛を再び吹いた。今度は長く、連続した音。


 三体の僵尸が、硬直した動きで校舎に向かって歩き始めた。


 呂閻王自身は倉庫の影に身を隠し、術式の維持に専念する。これから始まる「狩り」を、安全な場所から観察するつもりだった。





◇◇◇





 午後3時32分、3年A組教室。


 数学の授業が終わり、次の授業までの短い休憩時間。生徒たちが雑談を交わし、教科書を入れ替えている。


 李美琳は窓際の席に座り、ノートを整理していた。しかし、その動作は機械的だった。意識の大部分は、周囲の警戒に向けられている。


 その時だった。


 背筋に、鋭い悪寒が走った。


 軍人としての第六感——戦場で何度も命を救ってきた直感が、激しく警告を発している。


(何か……来る!)


 李美琳は反射的に窓の外を見た。


 景色が揺らいだ。


 最初は目の錯覚かと思った。しかし違う。空間そのものが、まるで熱で歪む蜃気楼のように揺らいでいる。


 李美琳はポケットからスマートフォンを取り出した。画面を確認する——圏外。


 次に、もう一つのポケットから暗号化端末を取り出す。こちらも通信不能を示している。


(術式……!)


 李美琳の脳裏に、訓練で学んだ知識が蘇った。奇門遁甲——中国古来の空間操作術。四方に札を配置し、中心に祭壇を設ける。空間を歪め、内側を外界から隔離する。


(この波動……奇門遁甲!)


 怒りが、李美琳の内側から湧き上がってきた。


(呂閻王……本当に独断専行しやがった!)


 拳を強く握りしめる。指の関節が白くなるほどの力だ。


(命令を無視して……民間人を巻き込んで……!)


 李美琳の視線が、教室内の生徒たちに向けられた。何も知らずに談笑している同級生たち。罪のない人々。


(この人たちが、呂閻王のせいで危険に……)


 李美琳の脳裏に、訓練時代の記憶が蘇った。人民解放軍特殊部隊の隊長・呉継明の言葉。


『我々は民を守る盾だ。たとえ任務遂行のためであっても、民間人の犠牲は最小限に抑えねばならん』


 李美琳は深く息を吸い、決意を固めた。


(私は軍人……人民解放軍少尉)


(民間人を守ることが、私の使命)


(たとえ日本人であっても)


(罪のない人々を守るのが、私の職務)


(呂閻王の暴走を止めるのも、私の責任だ)


 その時、校内放送が入った。

 しかし、それは通常のアナウンスではなかった。


〈誰か…助けて——ギャアアアッ!〉


 悲鳴だった。女性の声。おそらく放送室の職員だろう。

 ゴリッという、何かが砕ける音。肉を引き裂く音。そして——沈黙。


 放送が途切れた。

 教室内が、一瞬で凍りついた。


「今の……何?」


「え、やばくない?」


 生徒たちの間に動揺が広がる。誰もが携帯電話を取り出し、確認する。


「圏外……」


「マジで? 私も」


「電話できない!」


 パニックの兆候が見え始めた。

 その時、窓際の席にいた女子生徒が、外を見て悲鳴を上げた。


「何あれ! あの人、おかしい!」


 李美琳も窓の外を見た。


 校庭に、三つの人影が見えた。青白い肌、硬直した動き、両手を前に突き出した不自然な姿勢——僵尸だ。


 教室内のざわめきが一気に大きくなる。


「何あれ……」


「人? でも動きが変……」


 担任の50代の国語教師——西村教諭が必死に生徒たちを落ち着かせようとする。


「みんな、落ち着いて! 落ち着くんだ!」


 しかし教師自身が動揺している。声が震えていた。


 李美琳は立ち上がった。


 隣の席の神崎優——デヴォラント——に小声で言う。


「神崎君、何かが起きる。私の指示に従って」


 デヴォラントは困惑した表情を作った。完璧な演技だ。


「李さん? 何が——」


「説明している時間はない」


 西村教諭が必死に生徒たちに呼びかけた。


「みんな、落ち着いて! まず窓から——」


「先生、待ってください!」


 李美琳が立ち上がり、西村教諭の方を向いた。


「窓から脱出しようとしてはいけません」


 西村教諭が驚いて李美琳を見た。


「李さん? 何を言って——」


「携帯が全て圏外になっているのを確認してください。これは普通の停電ではありません」


 李美琳の声には、普段とは違う鋭さがあった。西村教諭は戸惑いながらも、自分の携帯を確認する——圏外だった。


「本当だ……どういうことだ?」


「空間が隔離されています。外には出られません。窓から飛び降りようとした人は、見えない壁に阻まれます」


「空間が隔離? 李さん、君は何を言って——」


 その時、窓際の生徒が叫んだ。


「先生! 本当に変なんです! 外の景色が揺らいでる!」


 西村教諭は窓の外を見た。確かに、空間が歪んでいるように見える。そして校庭には、明らかに異常な動きをする人影が——


「あれは……」


「時間がありません」


 李美琳の真剣な表情に、西村教諭は言葉を失った。この転校生は、何かを知っている。今の異常事態について。


「李さん……君は、何か知っているのか?」


「詳しい説明は後にします。今は生徒たちの安全が最優先です」


 李美琳は西村教諭の目をまっすぐ見つめた。


「先生、お願いします。私に協力してください。体育館に避難するのが最善です」


 西村教諭は数秒迷った。しかし、この異常事態で冷静さを保っている李美琳の姿を見て、決断した。


「……わかった。李さん、君の言う通りにする」


 西村教諭は生徒たちの方を向いた。


「みんな、李さんの指示に従ってくれ! 先生も一緒に行動する!」


 教師が従うと決めたことで、生徒たちも少し落ち着きを取り戻した。


 しかし生徒たちはまだパニック状態だった。


「外に出られないって……」


「嘘でしょ……」


「誰か、助けを呼んでよ!」


 李美琳は深く息を吸った。そして、軍人としての指揮能力を発揮する。


「みんな、聞いて!」


 その声は、教室全体に響き渡った。約28名の生徒たちの視線が、一斉に李美琳に集中する。


「学校全体が何らかの力で隔離されました。外には出られません。通信も不可能です」


 生徒たちがざわめく。しかし李美琳は続けた。


「今から体育館に避難します。西村先生と一緒に行動してください。指示に従えば、必ず守ります」


 その言葉には、不思議な説得力があった。普段は物静かな転校生が、今は別人のように頼もしく見える。


(この人たちを守る)


 李美琳は心の中で誓った。


(それが、私の使命だ)





◇◇◇





 午後3時33分、1年C組教室。


 櫻井詩織は、授業中にも関わらず、突然立ち上がった。


 霊的感知能力が、激しく警告を発している。空間の変化を、詩織が捉えたのだ。


「空間が……閉じられた!」


 12歳の少女とは思えない、鋭い声だった。


 詩織の制服のポケットに入れていた護符が、淡く発光し始める。危険を察知した証だ。


「中国の術式……まさか奇門遁甲!」


 1年C組の担任、30代の英語教師——森川教諭が驚いて詩織を見た。


「櫻井さん、何を——」


「先生、危険です!」


 詩織の声は切迫していた。


 その時、廊下から悲鳴が聞こえた。何かが倒れる音。そして、肉を引き裂くような音。


 詩織は反射的に教室を飛び出した。


「櫻井さん!」


 森川教諭の制止も聞かず、詩織は廊下に出る。

 そこには——


 用務員の男性が、床に倒れていた。首から血が流れ、目は虚ろだ。


 そして、その上に覆いかぶさっている人影。


 僵尸だった。元ヤクザと思しき、屈強な体格の男。しかし今は、青白い肌と硬直した動きの、人ならざる存在だ。額には黄色い札が貼られている。


 僵尸が用務員の首に噛みついている。腐臭のような異臭が廊下に漂った。


 用務員の身体が、最後の痙攣を起こし——そして動かなくなった。


 死んだ。


 詩織は息を呑んだ。しかし、次の瞬間、さらに恐ろしい光景を目撃することになる。


 用務員の死体が、痙攣し始めたのだ。


 わずか3秒後、死んだはずの用務員の目が開いた。しかしその瞳は濁っており、生気がない。肌が青白く変色し、動きが硬直する。


 そして額に——どこからともなく黄色い札が出現した。


 新たな僵尸の誕生だった。


「そんな……殺された人が僵尸に……!」


 詩織の顔から血の気が引いた。


(これでは、どんどん増えていく!)


 元の僵尸が、今度は詩織の方を向いた。硬直した動きで、両手を前に突き出しながら接近してくる。


 詩織は鞄から小型の護符を取り出した。


「霊剣、解放」


 護符が光を放ち、その光が刀剣の形に変化する。刀身は実体を持たない霊的エネルギーの結晶だが、その威力は本物の刃以上だ。


 詩織が霊剣を振るった。


「浄化一閃!」


 光の軌跡が、僵尸を貫いた。


 僵尸の額に貼られていた札が、一瞬で燃え尽きる。術式の力が失われ、僵尸は単なる死体に戻り、崩れ落ちた。


 詩織は新たに僵尸化した用務員にも、同様に霊剣を振るう。


 2体の僵尸が、わずか数秒で浄化された。


 しかし、詩織は安堵の表情を見せなかった。


(わたしの力なら、僵尸の浄化は容易い)


(でも……問題は術者だ)


 詩織は霊的感知能力を最大限に展開した。学校全体の「気の流れ」を読み取る。


(術式の核心は……校舎のどこか……)


(大まかな方向は分かる……でも正確な位置が……)


 その時、1年C組の方から生徒たちの悲鳴が聞こえた。


「携帯が使えない!」


「助けを呼べない!」


 詩織は振り返った。教室の窓から、約32名の生徒たちが恐怖に震えている様子が見える。森川教諭も混乱している。


(私がここを離れたら、みんなが……)


 詩織のジレンマが始まった。


(術式の核心を破壊すれば全て終わる)


(でも、どこにあるか正確には……)


(探している間に、みんなが襲われたら……)


 新たな僵尸の群れが、廊下の向こうから接近してきた。約5体。


 詩織は再び霊剣を構えた。


(今は、みんなを守ることが最優先)





◇◇◇





 午後3時35分、1年C組付近の廊下。


 花音は、悲鳴を聞いて教室を飛び出していた。


 そして——僵尸の姿を見た瞬間、顔に笑顔が浮かんだ。


「やっと来た♪」


 長い間抑えてきた暴力衝動が、一気に解放される。指先の震えが止まり、心拍数が上がる。生体操作で自分の身体を戦闘状態に調整する。


 花音は制服のスカートの裏、太ももに隠し持っていたナイフを取り出した。刃渡り15センチの折りたたみナイフ。刃はよく研がれており、鋭い光を放っている。


(お兄ちゃんには内緒で持ってきたやつ)


 僵尸1体が、花音に襲いかかってきた。


 花音は躊躇なく——生体操作で反射神経を限界まで引き上げた。


 音もなく僵尸の懐に潜り込む。12歳の少女とは思えない動き。まるでプロの殺し屋のようだ。


 ナイフを僵尸の首に突き刺し、横に引く。頸動脈を切断——するはずだったが、血は出なかった。僵尸は既に死んでいる存在だからだ。


「あ、血が出ない。つまんない」


 花音は少し不満そうだったが、すぐに笑顔に戻る。


「でも、面白い」


 暴力を振るえること自体に、花音は満足していた。


 その時、背後から声がした。


「花音ちゃん!?」


 振り返ると、詩織がいた。手には霊剣を持っている。


「あ、詩織ちゃん。すごいね、その剣」


 花音は無邪気に笑った。まるで遊園地のアトラクションを見るかのような表情だ。


「花音ちゃん、その……ナイフ……」


 詩織は困惑していた。なぜ12歳の少女がナイフを持っているのか。なぜそんなに冷静に戦闘できるのか。


「護身用だよ?」


 花音は嘘をついた。しかしその笑顔はあまりにも無邪気で、詩織は一瞬疑いを忘れそうになった。


 詩織は質問を続けたかったが、今はそんな状況ではない。新たな僵尸の群れが接近している。


「花音ちゃん、危ないから私の後ろに——」


「大丈夫! 私も戦える!」


 花音は既に次の僵尸に向かって走り出していた。




◇◇◇




 午後3時40分、3階廊下。


 李美琳は3年A組の生徒約28名を引き連れて、体育館への避難を開始していた。西村教諭も同行している。


 生徒たちは混乱していた。


「本当に外に出られないの?」


「親に連絡したいのに!」


「誰か助けを呼んでよ!」


 李美琳は冷静に指示を出し続けた。


「みんな、落ち着いて! 学校全体が術式で隔離されています。外には出られません。通信も不可能です」


 李美琳の声は、不思議と生徒たちを落ち着かせる効果があった。軍人としての指揮訓練を受けた者特有の、説得力のある声だ。


「今から体育館に避難します。私の指示に従ってください」


(この人たちを守る)


 李美琳は心の中で繰り返した。


(呂閻王の暴走を止める)


(民間人を守ることが、軍人としての職務)


(罪のない人々を巻き込んだ呂閻王を、私が止める)


 隣を歩いている優が、李美琳は小声で話しかけてきた。


「美琳、何を手伝えばいい?」


 優は、不安げな表情で尋ねた。


「最後尾で遅れる人を見て」


「わかった」


 李美琳は内心で驚いていた。


(神崎君、意外と落ち着いてる……)


(普通の中学生ではない気がする)


(でも今は、頼りになる)


 3階から2階へ続く階段。その踊り場で——


 僵尸の群れと遭遇した。


 5体の僵尸が、階段を塞ぐように立っている。元は生徒や教師だったと思われる人々。しかし今は、青白い肌と硬直した動きの、人ならざる存在だ。


 生徒たちが悲鳴を上げた。


「何あれ!」


「人が……!」


 パニックが再燃しそうになる。


 李美琳は前に出た。


「下がって!」


 西村教諭が叫んだ。


「李さん、危ない!」


 しかし李美琳は構わず、僵尸たちに向かって歩いていった。


 少林拳の構え。

 軍で学んだ中国武術の実戦技——羅漢金剛拳の第一式だ。


 李美琳の身体が弾けた。


 一瞬で僵尸1体の懐に潜り込み、気功を込めた正拳突きを放つ。拳が僵尸の胸を貫いた。


 僵尸が吹き飛び、階段の壁に激突する。しかし——すぐに起き上がった。


(痛覚がない……厄介)


 李美琳は次の攻撃に移る。鷹爪功——鷹の爪のような手の形で、相手の急所を正確に狙う技だ。


 僵尸の関節部分を狙い、連続で攻撃する。膝、肘、首——動きを封じる部位を的確に破壊していく。


 軽功による高速移動。壁を蹴り、天井近くまで跳躍し、上空から僵尸の頭部に蹴りを叩き込む。


 李美琳の動きは、明らかに常人を超えていた。中国武術の達人——いや、それ以上。人民解放軍特殊部隊で訓練を受けた、戦闘のプロフェッショナルだ。


 生徒たちが驚愕の声を上げる。


「李さん…すごい…」


「何あの動き…」


「武術の達人…?」


 しかし、李美琳は苦戦していた。僵尸は痛覚がないため、関節を破壊しても動き続ける。完全に止めるには、額の札を剥がす必要がある。


 李美琳は僵尸の額の札に手を伸ばした。しかし——


 札に霊的な結界が張られている。素手で触れると、ビリッと電流のような感覚が指先を走った。


「くっ…!」


 その隙に、別の僵尸が李美琳に襲いかかる。


「李さん!」


 優の声が響いた。彼は廊下の消火器を手に取り、李美琳に投げ渡す。


 李美琳はそれを受け取り、僵尸の頭部に叩きつけた。衝撃で札が一瞬緩む——その隙に、李美琳は素早く札を剥がした。


 僵尸1体が動きを止め、崩れ落ちる。


「助かった!」


 李美琳は同じ方法で、残り4体の僵尸も処理していった。消火器で衝撃を与え、札を剥がす。時間はかかったが、確実に倒していく。


 約5分後、5体の僵尸を全て無力化した。


 しかし李美琳の額には、既に汗が浮かんでいた。通常の武術だけでは、効率が悪い。


(もっと早く処理できれば……)


(でも、あの力は使えない……)


(みんなの前で、本当の力を見せるわけにはいかない)


 2階に降りると、他のクラスの生徒たちも避難してきていた。


 3年B組約26名、3年C組約25名。

 各クラスでもパニックの兆候が見られる。


「外に出られないって本当?」


「嘘だよね?」


 李美琳は大きな声で呼びかけた。


「みんな、体育館に集合してください! そこが一番安全です!」


 李美琳の声に、教師たちも従った。軍人としての指揮能力が、自然と周囲の人々を動かす。


 3年生全体で約80名——移動中に数名が僵尸に襲われ、最終的に約70名が合流した。


 体育館への道のりは、まだ遠い。




◇◇◇




 午後3時45分、2階廊下。


 詩織は1年C組の生徒約32名を守りながら、僵尸の群れと戦っていた。


 霊剣を振るうたびに、僵尸が浄化されていく。


「霊剣・浄化光輪!」


 霊的エネルギーが円形に広がり、5体の僵尸を同時に浄化する。札が燃え尽き、僵尸たちが崩れ落ちる。


 所要時間わずか3秒。


 S級霊能力者の圧倒的な力だった。


 しかし、詩織は攻めに出ることができなかった。


 1年C組と、合流してきた1年A組の教諭が、約90名の1年生を守っている。


 生徒たちはパニック状態だ。


「助けて!」


「誰か警察呼んで!」


「携帯が使えない!」


「親に連絡できない!」


 森川教諭が必死に呼びかける。


「みんな、落ち着いて!」


 しかし教師自身も動揺している。


 詩織は内心で葛藤していた。


(私が攻めに出れば、術式の核心を破壊できる)


(術者を倒せば、全て終わるのに……)


 詩織の霊的感知能力で、術式の大まかな方向は分かっている。しかし正確な位置までは特定できない。


(学校のどこかにいる…でも正確な位置が……)


(探している間に、みんなが…)


 新たな僵尸の群れが接近してきた。約10体。


 詩織は再び霊剣を振るった。一瞬で浄化する。


 しかし、詩織の表情には焦りの色が浮かんでいた。


(みんなを置いていけない…)


(でも、このままでは……)


 その時、花音が僵尸8体を相手にしているのが見えた。


 花音はナイフを右手に、完全に「遊んで」いた。生体操作で筋力・速度・反射神経を限界まで引き上げている。


 残像を作りながら僵尸たちを翻弄し、関節をナイフで切断していく。膝の裏、肘、首——動きを封じる部位を的確に狙う。


「あはは! 面白い! もっと来て!」


 花音は完全に楽しんでいた。


 詩織は複雑な表情で花音を見た。


(この子、楽しんでる…)


(悪意は感じないけど、あの笑顔は…)


(一体、何者なの…?)


 しかし花音の戦闘力は、明らかに役立っている。


 花音が詩織の方を見た。


「詩織ちゃん、札取って! 私、触ると痛いから!」


 詩織は霊剣で札を浄化した。花音が動きを封じた僵尸の額から、札が燃え尽きる。


 二人の奇妙な連携が成立していた。


 詩織は1年生約90名を体育館へ誘導し始めた。


「みんな、落ち着いて! これから体育館に避難します!」


 詩織の穏やかな声が、生徒たちを少しだけ落ち着かせた。他の教諭も協力する。


 しかし生徒たちの不安は消えない。


「本当に助けが来るの?」


「外に出られないって…」


 花音が先頭で僵尸を蹴散らし、詩織が後方を霊剣で守る。

 圧倒的な防御力だった。




◇◇◇




 午後4時、体育館前。


 李美琳が3年生約70名を体育館へ誘導した。教諭も同行している。

 体育館の扉を開けると、中には既に避難してきた2年生約30名がいた。


 体育教師が指揮を取っている。


「3年生も来たか! 中に入れ!」


 生徒たちが次々と体育館内に入る。

 体育館内では、生徒たちが次々と質問していた。


「先生、いつ助けが来るんですか?」


「警察は?」


「親に連絡できないんですか?」


 体育教師は必死に答える。


「今、状況を確認している!落ち着いてくれ!」


 しかし教師自身も、何が起きているか理解できていない。


 李美琳は体育館内の約100名を見た。


(わたしが何とかしないと……)


 その時、優が李美琳に声をかけた。


「美琳、僕、まだ校内に残ってる人を探してくる」


 李美琳は驚いて振り返った。


「危険よ!」


「でも、助けられる人がいるかもしれない」


 優の表情は、真剣だった。普通の中学生らしい正義感に見える——しかし李美琳には、その奥に別の意図があるように感じられた。


「……わかった。でも、絶対に無理しないで」


「うん」


 優が体育館を出ていった。


 李美琳は彼の後ろ姿を見送りながら、複雑な感情を抱いた。


(神崎君……どうして、そんなに落ち着いているの?)


(普通の中学生ではない…でも、悪い人には見えない)


 数分後、詩織と花音が1年生約80名を連れて到着した。


「先生!」


 詩織の声に、体育教師が振り返った。


「櫻井、無事だったか!」


 李美琳と詩織が目を合わせた。


「君も…気づいてたのね」


 李美琳が小声で言った。


「はい。この術式、奇門遁甲ですよね」


 詩織も小声で答えた。


「そう…中国の術式」


 李美琳の表情が曇った。自分の組織の術式だと知っているからだ。


「術者がどこかにいるはずですが…」


「位置は分かる?」


「大まかには…でも正確には…」


 二人の間に、無言の理解と不安が生まれた。


 その時、花音がナイフを持ったまま体育館に入ってきた。


「花音ちゃん、ナイフ、しまって」


 詩織が注意する。


「はーい」


 花音は不満そうにナイフを制服の下に隠した。


 李美琳が花音を一瞥した。


(この子も普通じゃない)


(詩織さんもそうだけど、何者なの?)


 体育館内には、約100名の生存者が集まっていた。しかし、まだ校内には取り残されている人々がいる。


 そして——僵尸は、まだ増え続けている。



◇◇◇



 午後4時10分、校舎3階。


 デヴォラントは一人、廊下を歩いていた。


 表情が変わった。


 「普通の中学生」の仮面が消え、冷たく計算的な目になる。


(やっと一人になれた)


(李美琳と一緒にいるのも、悪くはないが)


(本性を隠すのは疲れる)


 デヴォラントは超感覚を最大限に展開した。


 温度分布、音響、空気の流れ、生体反応——全てが情報源だ。


 校内の全ての人間と僵尸の位置を、完璧に把握する。


 僵尸--約90体。

 生存者--約100名。内、体育館に約100名、校舎内孤立が約5名、


(しかし——霊的なものは理解できない)


 デヴォラントは術式の存在を感知できる。空間が歪んでいることも分かる。


 しかし、その仕組みは——


(札に宿る霊的エネルギー、僵尸を操る術式、これらはまだ俺の理解の外だ)


(術者を捕食すれば、この技術を手に入れられるはずだ)


 デヴォラントは続いて李美琳の能力を分析した。


(中国武術の実戦技、気功を使った攻撃、軽功による高速移動、人間離れした身体能力)


(しかし、これが本当の限界ではないだろう。何か、隠している。次の段階があるはずだ)


 李美琳の動機も理解した。


(必死に守っているな、生徒たち、教師たち——罪のない人々を)


(軍人としての使命感か、はたまた情が湧いたか。--くだらない)


(俺には、そんな感情はない。だが、彼女にとっては重要なのだろう)


 次に詩織の能力を分析する。


(霊剣とやらの浄化能力。圧倒的だ。流石はS級霊能力者。頭一つ飛び抜けている。本気を出せば、術者を倒せるだろう)


(しかし、生存者を守るために全力を出せない。守護者としてのジレンマ。パラドックスだな)


 花音についても分析した。


(あいつは完全に楽しんでいるな)


(連続殺人鬼としての本性を隠さなくなってきた)


(詩織の前でも、あの笑顔。危険な兆候だ)


(だが、今は問題ない。むしろ、この状況では有用だ)


 そして——術者の位置。


(呂閻王…どこにいる?)


 デヴォラントは超感覚で学校全体を探った。しかし見つからない。


(隠れているのか?)


(厄介だ)


(李美琳も詩織も、正確な位置を特定できていない)


(もう少し、観察が必要だ)




◇◇◇




 午後4時20分、4階廊下。


 デヴォラントは4階で僵尸3体と遭遇した。元は生徒2名、教師1名だったと思われる。


 僵尸たちが俊敏な動きでデヴォラントに接近する。

 デヴォラントは動かなかった。冷静に観察している。


 僵尸1体が襲いかかった。その瞬間--


 デヴォラントが一瞬で僵尸の背後に回った。

 人間には不可能な速度だった。


 僵尸の額の札を剥がそうとする。しかし--


 札に霊的な結界が張られている。デヴォラントの指が弾かれた。


(霊的防御か。この技術は、まだ俺の理解の外だ)


 デヴォラントは別の方法を試した。

 僵尸の頭部を掴み、圧倒的な力で引きちぎる。


 頭部が胴体から分離し、僵尸が崩れ落ちた。

 残り2体も同様に処理する。


 所要時間10秒。


(札を剥がせないなら、物理的に破壊すればいい。だが、効率が悪い)


(やはり、呂閻王の術式を手に入れる必要がある)




◇◇◇




 午後4時30分、屋上。


 デヴォラントは屋上に立ち、学校全体を見渡していた。

 超感覚で全体戦況を把握する。


 術者の位置は依然として不明だった。


(どこかにいるはずだが……術式が探知を妨害しているのか?)


(それとも、俺の感覚では霊的な存在を完全に把握できないのか?)


(三人とも、そろそろ限界が近いようだ。だが、いずれ姿を現すだろう。その時が、捕食の機会だ)


 


◇◇◇




 午後4時40分、体育館入口。


 李美琳は体育館の入口で、迎撃態勢を取っていた。


 僵尸約30体が体育館に接近している。元は生徒、教師、部活動メンバーだった人々。


「来る…! 数が多すぎる!」


 体育教師が後方で叫んだ。


「李さん、無理するな!」


 李美琳は少林拳の構えを取った。羅漢金剛拳、鷹爪功、軽功——中国武術の奥義を次々と繰り出す。


 気功を拳に込めた攻撃。一体ずつ、確実に札を剥がしていく。


 しかし——


 李美琳の額に大量の汗が浮かんだ。呼吸が激しく乱れる。足元がふらつく。


(体力が…もう限界に近い…)


(数が多すぎる…)


(いくら倒しても、次から次へと…)


 倒した僵尸の向こうから、さらに約20体の僵尸が接近してきた。


 合計50体以上の僵尸。


「そんな…!」


 李美琳は絶望的な表情を浮かべた。


(これは…まずい…)


 札を緩めるための道具がない。素手で札を剥がすしかないが、霊的結界が強く、時間がかかる。


 李美琳は体育館の中を一瞥した。約100名の生徒・教師たち。


(この人たちを守る)


(それが、私の使命)


(でも、体力が…)


(このままでは…)


 拳を握りしめる。


(まだ…まだ戦える…!)


 しかし身体は正直だった。足が震え始める。


 他の教諭陣も協力して、消火器やモップで支援しようとする。しかし一般人では僵尸に太刀打ちできない。


 教師の一人が僵尸に掴まれかけた——李美琳が駆けつけて救出する。しかしその隙に、別の僵尸が接近した。


 李美琳の背中に僵尸の手が伸びる——


「っ!」


 間一髪で避けたが、制服が破れた。


(危なかった…)


(反応速度が落ちている…)


 李美琳が入口で一人、50体以上の僵尸と対峙している。


 体力は限界。援護も限定的。僵尸はまだ増え続けている。


(どうすれば…)



◇◇◇



 午後4時45分、体育館内。


 詩織は護符を複数展開していた。


「結界はあまり得意ではないのだけど…!」


 体育館全体を覆う強力な結界。しかし——


 僵尸の数が多すぎる。約50体以上が結界に圧力をかけている。


 詩織の額に汗が浮かんだ。


(結界が…持たない…霊力を消耗しすぎている…)


 詩織は入口近くで待機し、李美琳が倒した僵尸の札も霊剣で浄化していた。


「浄化!」


 札が燃え尽きる。


 しかし浄化の速度よりも、僵尸の増加速度の方が速い。


(間に合わない…)


 詩織の激しい葛藤が始まった。


(私が攻めに出れば…)


 霊剣が強く光る。


(でも…)


 体育館内の約100名を見る。他の教師たち。恐怖に震える生徒たち。


(私が離れたら、みんなが…でも、このままでは…)


 僵尸たちが結界に殺到する。約60体、70体……

 結界が悲鳴を上げるように揺らいだ。


「っ…!」


 詩織は霊力を更に注ぎ込む。しかし限界が近い。


(どうすれば…)


(術者の位置が分かれば…)


 詩織は霊的感知で必死に探った。


(学校のどこかに…でも正確な位置が…探している時間が…ない…)


 結界が揺らぐのを見て、生徒たちがパニックを起こし始めた。


「もうダメなの?」


「助けは来ないの?」


「死にたくない!」


「大丈夫…必ず守ります…」


 詩織の声は震えていた。詩織自身も、限界を感じている。


(私の力だけでは守りと攻め、両立できない…)


「どうすれば……」


 汗が頬を伝った。

 12歳の少女には、あまりにも重い決断だった。




◇◇◇




 午後4時50分、体育館周辺。


 花音は体育館の外で僵尸20体と戦闘していた。


 ナイフを右手に、戦闘を続ける。


「もっと! もっと来て!」


 僵尸の関節をナイフで切断する。首を掻き切り、動きを止める。


 しかし——


 僵尸が動きを止めても、完全には倒れない。札が額にある限り、再び動き出す。


 花音が僵尸の額の札に触れようとした——しかし。


 ビリッと霊的なエネルギーが花音を弾いた。


「痛っ!」


 手が痺れる。


(この札、私じゃ取れない…詩織ちゃんじゃないと…)


 苛立ちが募った。


 花音は体育館の窓に向かって叫んだ。


「詩織ちゃん! 札取って!」


 しかし詩織は体育館内で結界の維持に必死だ。応答がない。


「えー…」


 花音は不満そうだった。


(札を取れないと、倒せない…めんどくさい…)


 花音が切断した僵尸たちが、次々と再び動き出す。札が額にある限り、何度でも動く。


 さらに新たな僵尸が接近してきた。約30体、40体…


「多すぎない?」


 生体操作で筋力を限界まで引き上げているが、さすがに数が多すぎる。


(楽しいけど…札を取れないから、終わらない…これ、つまんなくなってきた…)


 ナイフを振り回しながら、花音は不満を募らせた。


(お兄ちゃん、どうすればいいの?)


 デヴォラントがいないため、指示もない。

 花音は体育館の方を見た。


(詩織ちゃんも忙しそう…)


 花音が苛立ちながら戦闘を続ける。しかし僵尸を完全に倒せない。切断しても、札があれば動き続ける。


(これ、どうすればいいの…)


 徐々に、花音は僵尸に囲まれ始めていた。

 前後左右、全方向から接近する。約50体。


「あれ…?」


 花音は初めて、危機感を抱いた。


「ちょっと、やばいかも……」




◇◇◇



 午後5時。


 李美琳が体育館入口で膝をついた。


(体力が…もう…)


(これ以上は…)


 新たな僵尸の群れが接近してくる。約30体。


 合計80体以上の僵尸が、体育館を包囲していた。


「無理だ…」


 李美琳の口から、諦めの言葉が漏れた。


(みんな、ごめん…)


 絶望の表情。



◇◇◇



 同時刻、体育館内。


 詩織の結界が激しく揺らいでいた。約70体の僵尸が圧力をかけている。


「もう…持たない…」


 霊力がほぼ枯渇していた。


 涙が止まらない。


「みんな…ごめんなさい…」


(攻めに出るべきだった…)


(でも、それもできなかった…)


 自責の念と絶望。



◇◇◇



 同時刻、体育館周辺。


 花音が約50体の僵尸に完全に囲まれていた。


 ナイフを構えるが——札を剥がせない。いくら切断しても、僵尸は止まらない。


「お兄ちゃん…」


 花音は初めて、恐怖の表情を見せた。



◇◇◇



 午後5時、屋上。


 デヴォラントは三人の限界を確認していた。


(データ収集完了。あいつらは……限界か)


 李美琳は体育館入口で膝をつき、約80体の僵尸に囲まれている。


 詩織は結界の維持で霊力が枯渇し、花音は約50体の僵尸に包囲され、初めて恐怖の表情を見せている。


 デヴォラントは舌打ちした。


(まだ呂閻王の位置が特定できない。術式が探知を妨害しているのか。霊的な存在は、俺の感覚では完全には捉えられない)


 本来の計画では、三人に戦わせている間に呂閻王の位置を突き止めるはずだった。三人は囮として最適だ。李美琳と詩織が僵尸と戦い、呂閻王が術式の維持に集中している間に、デヴォラントは安全な場所から観察を続ける。


 完璧な計画のはずだった。


 しかし——


(これ以上待てば、三人が全滅する。特に花音が死ねば……)


 花音は貴重な協力者だ。彼女を失うのは避けたい。李美琳と詩織も、まだ利用価値がある。


 デヴォラントは苛立ちを隠さなかった。


(仕方ない……)


 立ち上がる動作も、どこか投げやりだ。


(介入するしかないか)


 本当は、もっと情報を集めたかった。三人を使って呂閻王を誘い出し、その位置を特定してから一気に仕留める。それが最も効率的で、リスクの少ない方法だった。


 しかし今、その計算は崩れた。


(まず三人を助ける。呂閻王の位置は——直接探すしかない)


 デヴォラントは校舎を見下ろした。その目には、冷たい苛立ちが宿っている。


 屋上から、デヴォラントが重い足取りで動き出した。

 完璧な狩りの計画は、修正を余儀なくされた。


 絶望に包まれた学校に、渋々ながら新たな変数が投入される。


 しかし、この不本意な介入が事態をどう変えるのか——それはまだ、誰にも分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る