【本編1部】あなたにお姉さんがいないならわたしがお姉さんになってあげましょう
麦踏狐尾
第15話 パリへ1
語り マリー・アスラマハーバリ・イシュタル (ノエル・ダルク)
ぼくは意識が戻ると驚きました。真っ暗です。土の中に埋められ男たちの死体に挟まっていました。ぼくは死体をかき分け、もがいて地上に出ました。口に入った腐肉を吐きだすと、ラ・イールさんの口調をまねました。
「畜生!ひでぇ目に会っちまったぜ」
それからからだを左右に振り、伸びをして、固まった筋を伸ばします。胸に新鮮な空気をいっぱいに満たしました。小鳥たちのさえずりが懐かしい。さわやかな風がほほにうれしいです。ぼくは春の草花に囲まれた共同墓地に埋められていたのでした。
ぼくは腰に手をやり小銭を生む皮袋、樫の枝と呼子があるのをみて安心し、考えてみました。
(なんでこんな所にいるのだろう・・そうだコンピエーニュで)
と思い出したところで違和を感じ後ろに振り返りました。
「げっ」なんと葬列の人々がいます。
子供は母に、女はそれぞれ頼りにする男にすがってこちらを見ています。みんな恐怖で声がでないようです。
「こ、こんにちはぁ」
ぼくは泥だらけの顔を泥だらけの袖でぬぐい、深くお辞儀しました。肩にひっかかっていた同居人の腕が落ち、顔を上げたときには誰ひとり振り向きもせず、悲鳴をあげて逃げ散る最中でした。
ぼくは呆然と見送り、墓地は元の静けさとなりました。
ぼくは落ちた腕を拾います。太い手首、誰のだろう。たくさんの勇者がお姉ちゃんのために戦って死にました。あの時のぼくは観念し、小枝を使おうとしたところで、投石を頭に受けました。後の記憶はありません。ぼくは這い出た穴に腕を戻し、埋まっている戦士たちの冥福を祈りました。
ぼくは辺りを見ます。寂しい墓地に棺を乗せた荷車がぽつんと残っています。どうやらぼくは、嘆きの場で間抜けな小鬼を演じたようです。ぼくは棺へ歩み、再度辺りを伺います。誰も居ないことを確認すると、ほほを棺にのせてつぶやきました。
「ここにある人よ、吾がまえにいでよ」
白い光が流れ、大きく輪を描いて消えると、栗毛の少女が出現しました。
むふっ、ぼくってすごいでしょ。魂の召喚出来るのは、見習いはもちろん神様たちでも少数なんだよ。
さて自慢は置いて、少女は両手を棺に添えて、ぼくを見ました。齢は16くらいか、お姉ちゃんより年下みたいです。
「ごめんよ、君の家族をびっくりさせて」
少女は謝りには応えずとてもうれしそうに言いました。
「ふたを開けてちょうだい」
ぼくは棺のふたをずらします。野花に埋もれた少女の顔が現れました。ただし召喚した本人とは違い、皮膚は薄黒くひび割れ、目じりは下がり、口は呆けたように開いています。病苦にやっと開放された様子が見えました。
ぼくはふたを外して全身が見られるようにします。
「見て見て、素敵なドレスでしょ」
少女は哀れな容姿には触れません。死装束は木綿のドレスで素朴な古い物でした。
「これはばあちゃんとかあさんがお嫁の時に着てきたの。妹もねだっていたんだよ」
少女が妙に明るいのは苦しみから開放されただけではなさそうです。
このあと自分たちが村で評判の可愛い双子姉妹であること。一人の青年を姉妹で取りあったこと。自分が選ばれたことなど、自慢話を一方的に聞かされました。そして少女は話しに一呼吸入れ、また棺の中を熱心にのぞき込みました。
「ぼくはノエル、きみは」
「ネリー」
少女は名前を教えてくれましたが、視線は棺の中のままです。そして気まずい沈黙がうまれました。ぼくに哀れみがゆっくりとやって来ます。死装束に花嫁衣裳を着せる母のこころ、それを見守る父と妹。少女を愛した家族との別れを、見習いとはいえ天使のぼくがだいなしにしました。慰めの言葉を探しましたが思いつきません。ネリーが棺の中の自分を見続けているあいだ、ぼくはしおれながらその時を待ちました。
「・・死にたくなかったの」
ぼくは予想した言葉を聞き、ネリーの顔を見上げました。
大きな目よりあふれ出る涙が花嫁衣装をてんてんと濡らします。
「これ着てお嫁にいきたかったの」
当時、女子16歳は遅いくらいの結婚年齢です。早い子は子もいます。天使は吉祥をあらわすのも仕事ですが、いまのぼくは墓標に停まるカラスと同じ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃのネリーをただ見守るだけでした。
すると教会の鐘が激しく打たれるようになります。人を集めているのです。村人たちは墓穴から這い出た小鬼をやっつけて、ネリーの遺体を守らなければなりません。
「ごめんよ」
ぼくは棺にふたをしました。残念そうなネリーの手を取ったところで、ふと思いついたのです。
ぼくは棺のふたをまた外します。中の顔に触れようと背伸びをしました。しかし寸足らずなぼくには指先しか届きません。見かねたネリーがぼくを抱えてくれました。ぼくは両手を伸ばし遺体のほほを包んで念じます。
「うん!」
「まあ!」
ネリーが驚いてくれました。でも見入るネリーを無視してふたを閉じ、手を引いて林へと走りました。それから二人で春の青草の中に隠れました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます