第二章【パシフィス王国城下町編】
2-1_旅の始まり
二人は草原を歩き、静かな川を越えながら、アドリア大陸の広大な自然を横切っていった。
風にそよぐ草の音、小さな虫の羽音、そして遠くから聞こえる鳥の鳴き声――そのすべてが、今までの日常とは異なる、どこか特別な時間の流れを演出していた。
ライトの目には、見るものすべてが新鮮で、そしてきらきらと輝いて見えた。
足元の小さな花に目を留めてしゃがみ込み、つつくように観察していたかと思えば、すぐに立ち上がって小走りで村田に追いついてくる。
その表情には、胸の奥に眠る不安をかき消すような期待の色が浮かんでいた。
「ねぇシュン、メガラニアまではどうやって行くの?」
不意に響いたライトの声。
まだ幼さの残るその声には、旅に対するわくわくが確かに宿っていたが、同時にこの先に何があるのかという小さな不安も、隠しきれずに滲んでいた。
村田は立ち止まり、肩からずれかけたリュックの紐を持ち直すと、腰のポケットから地図を取り出した。
乾いた紙の感触とともに、風が端をふわりと持ち上げる。
彼は片手でそれを押さえ、細めた目でルートをなぞった。
「まずは、この国の城下町まで向かう。途中に村もあるみたいだから、そこに泊めてもらったりしながらだな」
地図を折りたたみながら、落ち着いた口調で答える村田の背中は、ライトにとって何よりも心強く感じられた。
だがその瞳は、地図の情報だけでは計り知れない未知の領域に、不安と好奇心の両方を感じているようでもあった。
「で、城下町に着いたら『魔導機関車』なるものに乗ればいいみたいだ。詳細は現地で確認しようか」
言いながらも、村田は眉をひそめる。聞いたことのない単語に、いまひとつ想像が追いつかない。
「そうだね。城下町って、どんなところかな?」
ライトが前方を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
その声には好奇心のきらめきが込められていて、横顔にはわずかに期待と緊張が浮かんでいた。
(グレイスさんは『着いてからのお楽しみ』としか言ってなかったな……)
村田は苦笑しながら、あの優しい声を思い出す。
「まぁ……人がいっぱいいる、だろうな……」
言葉を探しつつ、肩を軽くすくめた。
思えば自分も、こうして誰かと旅をするのは初めてだった。
「へー!どんな人がいるんだろう、いっぱいお話したいなぁ……楽しみだねシュン!」
ライトは目を輝かせ、スキップするような足取りで前へ跳ねる。
まるで大地を踏むたびに、喜びをばらまいているようだった。
その無邪気さに、村田の口元も自然とほころぶ。
「あぁ、せっかくだし城下町でうまいもん食ったり、観光もしておきたいな」
軽口を叩いたその声はどこか柔らかく、ライトへの信頼と、旅の時間を楽しもうという思いが滲んでいた。
ライトは嬉しそうに「うんっ」と頷いた。
その笑顔は、未来のすべてを肯定するかのようにまっすぐで――村田の胸にじんわりとあたたかいものを灯した。
*
数日後、遠くの地平線にぼんやりと、石造りの城壁が浮かび上がった。
日差しを受けて光るその姿は、遠目にも堂々としていて、町の賑やかさを想像させるものだった。
「わぁ……すごい! あれが城下町?」
ライトはその場で立ち止まり、目を丸くしたかと思うと、次の瞬間にはピョンピョンと跳ねながら指を差した。
「あぁ……こりゃあえらく立派な城だな」
村田も感嘆の声を漏らし、しばし見惚れるようにその景色を眺めた。
「やったーー!! 早くいこーー!」
ライトはその興奮を抑えきれず、まるで風に乗るように草原を駆け出した。
「ちょっ!? だぁあああもう、早いってぇえ!!」
慌てて村田が叫ぶ。笑い混じりの声を上げながら、荷物の揺れる背中で草を踏みしめ、懸命に後を追うのだった。
二人の足音は、旅路のはじまりを祝福するかのように、草原に軽やかに響いていった――。
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