何も持たないと思い込んでいる"私"。
勉強はそんなにできないし、友達は特にいないし、家族ともうまくいかず、会話も少し不器用で。
そんな事実が、少しずつ彼女の心を削っていきます。
そんな彼女のもとに突然現れるニカッとした笑顔が印象的な"ワタシ"。
そんなワタシは、姿かたちは同じでも、頭の良さと性格だけ真反対でした。
誰も見えない、私だけが見ることができるワタシ。
これはそんな、ドッペルゲンガーなお話。
埋もれてしまった愛を、少しずつ取り戻すお話。
そして、鏡を見るのが楽しくなる、そんなお話。
マジで泣いたんでほんとに読んでください。積み上げられていく情報が、美しいくらいあったかいです。出会えてよかったです。ありがとう。
居場所のない高校一年生の前にドッペルゲンガーが現れるその設定を、ホラーではなく自己対話の装置として使っているのが巧い。「私」と「ワタシ」の違いが、外側から俯瞰することでしか見えなかった自分の輪郭を浮き上がらせていく。
カクヨム甲子園の選考コメントが「俯瞰的な視点を与える仕掛けが面白かった」と評したのも頷ける。20,000字という長さが、心理的な変化の積み重ねを丁寧に支えている。
同著者の辺野古事故日記とは全く異なる表現形式でありながら、「自分はここにいていいのか」という問いが根底で繋がっている。二重の自己、孤立の痛み自分が書くテーマと静かに響き合う一作。