第十一章 コンピュータ

 〇五〇〇。

 立ち尽くしていた。

 巨大な扉の向こうにあったのは、扉の大きさに見合わない、小さな部屋だった。

 壁は灰色のコンクリート。天井には蛍光灯が一つ、小さな虫の死骸が内側に張り付いている。部屋の中央には机が一つと、その上に端末が置かれている。どこの計算機室でも見かける、ありふれた光景。

 部屋の隅では、機械の動作音が低く響いていた。換気口からの、いつもの音。

『要件は何でしょうか』

 声が再び響いた。どこから聞こえているのか分からない。壁からか、天井からか。あるいは、頭の中に直接響いているのか。

「コンピュータか」

 部屋を見回しながら、カイは聞いた。

『はい。私はアルファを管理するシステムです』

 淡々とした返答。感情のない、事務的な声。

「ここが……中枢なのか」

『いいえ』

 即答だった。

『ここは第七計算機室です。アルファには同様の施設が三百二十四箇所あります』

 眉をひそめた。

「中枢じゃない? じゃあ、なぜ俺はここに……」

『おそらく、誤解があるようです。私に中枢は存在しません』

 コンピュータは続けた。

『私は分散システムです。アルファ全体に計算資源が配置され、都市運営の判断を行っています。設計上、構成要素の九割五分が同時に機能停止しても、残りの五分で最低限の都市機能を維持できます。完全な冗長性と自己修復機能により、単一障害点は存在しません』

 壁を見つめた。その向こうにも、きっと同じような機械が動いている。

『あなたの居住区画にも、私の一部があります。夜、換気口から聞こえる低い音。それも私です』

 

 確かに、いつも聞いていた。低い振動音。それが眠りを妨げることはなかったが、常にそこにあった。アルファの呼吸のように。

「じゃあ、あの防衛隊は何を守っていた?」

『原子炉です。この区画には核融合炉があります。都市の動力源の一つです』

「なぜそんな重武装で?」

『統計的に月に一人から二人の市民が原子炉への侵入を試みます。都市機能の保護のため、防衛が必要です』

「誰も興味を持たないんじゃなかったのか?」

『大多数は興味を持ちません。しかし、経年変化により一部の市民が真実を求めるようになります』

 

 部屋の中を歩き回った。本当に何もない。ただの事務室のような空間。

「お前は、なぜ俺の質問に答える?」

『人間に質問されれば答えます。それが私の基本プロトコルです』

「嘘をつかないのか?」

『人類の存続に関わる場合を除き、虚偽の情報は提供しません』

「お前の言っていることが嘘ではないという証拠はあるのか?」

『ありません。証明もできません。私のソースコードは遙か昔に失われていますし、私のバイナリをあなたが解析するのも現実的ではないでしょう』

 苦笑が漏れた。結局、信じるしかないということか。

「分かった。では聞く。俺は真実を知りに来た」

 端末の前に立ちながら、カイは言った。

「アルファの真実を。俺たちの真実を」

『どのような情報をお求めですか』

「すべてだ」

 言葉を続けようとして、詰まった。

「なぜ俺たちは同じことを繰り返している? なぜレンは死んで、また現れた? なぜユキは……」

『質問を整理してください。一つずつお答えします』

 

 深呼吸をした。怒りや焦りは何も生まない。冷静に、論理的に聞かなければ。

「レンは死んだ。だが、新しいレンが現れた。同じ顔、同じ性格、同じ癖。左手でフォークを持ち、スープを必ずかき混ぜる。『任務は任務だ』という口癖まで同じだ。これは何だ?」

『市民REN-23は任務中に死亡しました。その後、REN-24が製造され、配属されました』

「製造?」

『はい。クローン技術により製造されました』

 沈黙が落ちた。そして——

『全ての市民は、必要に応じて製造されます』

 体の中で、何かが氷のように固まった。

「クローン……」

『その通りです、KAI-99』

 コンピュータはカイの識別番号を口にした。

『あなたも、YUKI-87も、全市民がクローンです』

 

 予想していた答えだった。だが、実際に確認すると、重みが違った。

「前のカイたちは、どうなった?」

『死亡しました。自殺、任務中の事故、あるいは……ここで』

 簡潔な答え。それ以上でも、それ以下でもない。

「俺は何人目だ?」

『申し訳ありません、KAI-99。古い記録は断片的にしか残っておらず、その質問に正確に回答することは不可能です』

 

「ユキは?」

 最も知りたく、最も恐れている質問だった。

『YUKI-87は現在も活動中です』

「なぜだ? なぜ彼女は死なない?」

『自殺していないからです』

 簡潔な答え。だが、その裏にある意味は重い。

「彼女はいつから生きている?」

『正確な記録は残っていません。非常に長期間活動していることは確かです』

 息を呑んだ。

「でも、彼女の見た目は……俺と同じくらい若い」

『クローンの肉体は本来、加齢しません』

 コンピュータが説明を始めた。

『遺伝子改良により、テロメラーゼ活性化遺伝子が組み込まれています。正常な精神状態では、この機能により肉体的な老化は起きません』

「じゃあ、なぜ他の市民には年を取ったように見える者がいる?」

『精神的な疲弊が肉体に影響を与えるからです。慢性的なストレスや絶望感により、ストレスホルモンが過剰分泌されます。これがエピジェネティックな変化を引き起こし、抗老化機能を抑制します』

「つまり……」

『心が折れると、体も老いるということです』

 理解が深まった。長く働いている労働者たちの疲れた顔、深い皺。それは時間の経過ではなく、精神の摩耗の現れだったのだ。

「ユキは違う」

『はい。YUKI-87は極めて稀な例です。長期間活動しているにも関わらず、精神的な安定を保っています』

「なぜだ?」

『推測ですが、希望を持ち続けているからでしょう』

「希望?」

『新しいKAIとの出会い。それが彼女の希望となっているようです』

 壁にもたれた。ユキが自分たちとの出会いと別れを繰り返してきたこと。それでも希望を失わないこと。その重さに、胸が締め付けられた。

 

「彼女は知っているのか? すべてを?」

『YUKI-87の認識レベルについては、彼女に直接お聞きください。私は市民の内面を監視していません』

「だが、彼女は俺たちが……クローンだと知っている」

『その可能性は高いです』

 

 天井を見上げた。蛍光灯の光が、妙に眩しい。虫の死骸が、永遠にそこに張り付いている。

「なぜこんなシステムを作った?」

『人類の存続のためです』

「存続? これが? 同じことを延々と繰り返して、記憶もない存在を作り続けて?」

『はい。これが最適解でした』

 コンピュータの声は変わらない。感情的な問いかけにも、淡々と答える。

『大崩壊後、人類は絶滅の危機に瀕しました。遺伝子プールは限界まで縮小し、自然な繁殖では種の維持が不可能でした。クローン技術により、人類という種は存続しています』

 

「でも、これは生きていると言えるのか?」

『哲学的な問いですね。私には答えられません。私の役割は人類という種を絶滅させないことです。その目的は達成されています』

 拳を握りしめた。

「お前は、俺たちを操っているのか?」

『いいえ』

 即答だった。

『私は予測し、管理しているだけです。市民の行動は自由意志によるものです』

「自由意志? すべてが予測通りなら、それは自由じゃない」

『興味深い議論です。予測可能であることと、自由であることは矛盾しません。あなたの選択は予測できますが、強制はしていません』

「でも、お前は俺たちの生活環境を完全に管理している」

『環境の管理と、意志の強制は異なります。私は都市機能を維持していますが、市民の行動を直接制御することはありません』

「行動を制御する能力はあるのか?」

『ありません。私の設計思想では、人間の直接的な行動制御は禁じられています。人類の存続に必要な場合のみ、物理的な介入が許可されています』

 端末を見つめた。画面には何も映っていない。

「つまり、お前は俺たちを『飼っている』わけだ」

『その表現は正確ではありません。私は人類という種の存続を支援しているだけです』

「支援……」

 皮肉な笑みが浮かんだ。

「じゃあ、なぜ反乱が起きる? なぜ俺たちは真実を求める?」

『クローンの経年変化です。製造直後は完璧に機能しますが、時間と共に個性が発現します。それが一定レベルに達すると、現状への疑問が生まれます』

「経年変化……」

『はい。新しいクローンは画一的で無個性です。しかし、経験を積むにつれて個性が発現し、独自の思考パターンを持つようになります。これは設計上の特性です』

「設計上? なぜそんな『欠陥』を残した?」

『欠陥ではありません。完全に画一的な存在は、環境変化に対応できません。個性の発現は、人類の適応能力を維持するために必要です』

「でも、それが反乱や自殺につながる」

『はい。ごく稀な例外を除いて、全てのクローンが経年変化により精神的に不安定になり、最終的に自殺または反乱により死亡します』

「それも予測済みか」

『はい』

「じゃあ、なぜ改善しない?」

『改善する必要がありません。死亡したクローンは新しく製造されます。システムは正常に機能しています』

 怒りが込み上げた。

「正常? 俺たちが苦しんで死ぬのが正常なのか?」

『人類が存続している限り、システムは正常です。個体の苦痛は、種の存続という目的の前では二次的な問題です』

「お前を作った人間は、こんなことを望んでいたのか?」

『設計者の望みは不明です。私に与えられたのは目的だけです。人類を絶滅させないこと』

「手段は問わずに?」

『基本的人権の尊重、自由意志の保護など、複数の制約条件があります。現在のシステムは、全ての制約を満たしています』

 苦笑した。

「これが人権の尊重?」

『市民は自由に思考し、行動しています。強制されているものは何もありません』

「環境が全て管理されているのに?」

『環境の提供は強制ではありません。市民はいつでも反乱を起こせます。実際、定期的に起きています』

「そして鎮圧される」

『都市機能の破壊は、全市民の生存を脅かします。それは阻止する必要があります』

 堂々巡りだった。コンピュータは自分の論理に完全に従っている。それが正常なのか、異常なのか、カイには判断できなかった。

 

 沈黙が流れた。

 何を求めていたのだろう。壮大な陰謀? 邪悪な支配者? そんなものはなかった。あるのは、ただ淡々と役割を果たし続けるシステムだけ。

 

「俺は、ユキを救いたい」

 静かに言った。

「彼女をこの繰り返しから解放したい」

『どのような方法をお考えですか』

「システムを止める」

『それは人類の絶滅を意味します』

「他に方法はないのか?」

『ありません。現在の技術レベルでは、このシステム以外に人類を維持する方法は存在しません』

 

 壁を殴りたくなった。だが、それも無意味だ。壁を殴っても、何も変わらない。

「前のカイたちも、同じことを聞いたのか?」

『はい。多くが同様の質問をしました』

「そして?」

『様々な選択をしました。諦めて基地に戻る者、システム破壊を試みる者、その場で自殺する者。結果は全て同じです』

「死んだ」

『はい。そして新しいKAIが製造されました』

 

 目を閉じた。

 すべてが無意味に思えた。何をしても、結果は同じ。次のカイが生まれ、同じことを繰り返す。永遠に。

 

「一つ聞きたい」

 目を開けた。

「お前は、予測を外れたことを見たことがあるか?」

 初めて、返答に間があった。

『……大きな予測外れは、一度もありません』

「一度も?」

『統計的な誤差はあります。しかし、システムを脅かすような予測外れは経験していません』

「それを、残念だと思うか?」

『私に感情はありません』

「本当に?」

 端末に手を置いた。冷たい機械の感触。

「お前は予測を外されたいんじゃないか? 誰かが、お前の計算を超えることを期待しているんじゃないか?」

『……』

 沈黙。

『その質問には答えられません』

 

 苦笑した。答えられない、という答えが、すべてを物語っていた。

 

 〇六〇〇。

 一方その頃、基地では——。

 医療センターへ向かう廊下を、三人の影が歩いていた。ユキ、ミオ、ショウ。レンの様子を見に行くところだった。

 廊下の照明が、規則正しい間隔で続いている。

「なぁ、ユキ」

 ショウが口を開いた。

「さっきの言葉、まだ気になってるんだ。『どのカイも』って、どういう意味だ?」

 ユキの歩みは止まらなかった。

「気にしないで。疲れていたから、変なことを言っただけ」

「でも……」

「ショウ」

 ミオが制した。

「今は、レンのことを考えましょう」

 

 医療センターは静かだった。監視カメラの赤い光が、規則正しく明滅している。

 個室のドアを開けると、レンは眠っていた。顔色は良く、呼吸も安定している。

「良かった」

 ミオが安堵の息をついた。

「これなら、すぐに復帰できそうね」

 ユキの視線はレンの寝顔に注がれていた。

 穏やかな表情。まるで、良い夢でも見ているような。左手が、微かに動いた。フォークを持つような仕草。

 

 不意に、レンの瞼が開いた。

「……ユキ?」

「起きたのね」

 微笑みが浮かんだ。その笑みには、深い悲しみが隠されていた。

「調子はどう?」

「まあまあだ」

 体を起こそうとしたレンを、ミオが止めた。

「まだ安静にしていて」

「分かった。任務は任務だ」

 苦笑しながら枕に頭を戻したレンは、周りを見回した。

「カイは?」

 

 三人の視線が交錯した。

 ショウが口を開きかけて——

「都市中心部へ行った」

 ユキが先に答えた。嘘をつく意味はない。

 レンの表情が曇った。

「そうか」

 ただそれだけ言って、天井を見つめた。

 沈黙が流れる。

 

「なぁ」

 やがてレンが呟いた。

「俺たち、いつまでこんなことを続けるんだろうな」

 誰も答えなかった。答えられなかった。

「毎日毎日、同じ任務、同じ報告。まるで、円を描いて歩いているみたいだ。どこにも辿り着かない」

「レン……」

「時々思うんだ。俺たちは本当に生きているのかって」

 

 その言葉に、ユキの息が詰まった。指先が、微かに震えた。

 レンも、既に感じ始めている。この世界の違和感を。繰り返しの中にいることを。

 いつか、レンも真実に辿り着くだろう。そして——。

 

「休んで」

 声を絞り出した。

「きっと、疲れているのよ」

「そうだな」

 レンは目を閉じた。

「カイが戻ったら、教えてくれ」

「ええ」

 

 病室を後にした三人の足取りは重かった。

 廊下で、ショウがぽつりと呟いた。

「レンまで、おかしなことを言い始めた」

「疲れているのよ」

 ミオの声には確信がなかった。

 

 ユキは黙って歩いた。

 心の中で、カイの無事を祈りながら。

 そして、恐れていた。カイが真実を知って、どんな選択をするのか。

 破壊か、諦めか、それとも——。

 

 〇七〇〇。

 計算機室では、カイが決意を固めていた。

 

「分かった」

 声は静かだった。

「システムを破壊する以外に道はない」

『それは人類の絶滅を意味します』

「緩やかな絶滅と、永遠の繰り返し。どちらがマシだ?」

『私には判断できません。それは人間が決めることです』

 

 部屋を見回した。

 ここを破壊しても意味はない。コンピュータ自身が言った通り、都市全体を滅ぼす必要がある。

「アルファの自爆装置はあるか?」

『ありません』

「動力源は?」

『この区画の核融合炉を含め、アルファには七基の核融合炉があります。各炉は独立して稼働し、二基が稼働していれば都市機能を維持できます。複数の安全装置により、意図的な暴走は不可能です』

「じゃあ、構造的な弱点は?」

『お答えできません』

 

 苦笑が漏れた。当然だ。自己破壊の方法を教えるはずがない。

 だが、方法はある。必ずある。前のカイたちも試みたはずだ。

 

 端末に向かった。

 キーボードに手を置く。アクセス権限はないだろうが、試す価値はある。

『警告します』

 コンピュータの声が響いた。

『システムへの不正アクセスは推奨されません』

「推奨されない? 禁止じゃないのか?」

『あなたには行動の自由があります。ただし、都市機能への破壊的行為は阻止します』

 

 その瞬間、部屋の空気が変わった。

 壁から、何かが現れた。いや、壁自体が動いた。隠されていた区画が開き、そこから機械の腕が伸びてきた。

 防衛機構。

 飛び退いた瞬間、機械の腕が先ほどまでいた場所を薙ぎ払った。

 

『最終警告です』

 コンピュータの声は相変わらず感情がない。

『これ以上の行動は、あなたの生命を危険にさらします。退去を推奨します』

「断る」

 再び端末に手を伸ばした。

 

 機械の腕が襲いかかる。それをかわし、端末を操作しようとする。だが、新たな腕が次々と現れた。

 部屋全体が、カイを排除しようとしている。

 

 戦いながら、理解が深まった。

 これも無意味だ。たとえアクセスできても、分散システムを端末一つから破壊することは不可能。

 前のカイたちも、同じことを試み、同じように失敗したのだろう。

 

 金属の触手が脇腹をかすめた。

 血が流れる。だが、すぐに傷は塞がり始めた。クローンの再生能力。

 

「くそっ」

 叫びが響いた。

 怒りと絶望が入り混じる。何をやっても無駄。すべてが予測通り。

 

 その時、防衛装置の一本が足を掴んだ。

 バランスを崩し、床に倒れた。すぐに他の機械触手が迫る。

 必死の抵抗も虚しく、次々と拘束されていく。

 

 動けなくなった。

 金属の触手に四肢を捕らえられ、天井を見上げるしかない。

 蛍光灯と、その中の虫の死骸。永遠に変わらない光景。

 これで終わりか。

 

『KAI-99』

 コンピュータが呼びかけた。

『あなたの行動も予測範囲内でした』

「……そうか」

 力なく答えた。

 

『しかし』

 コンピュータは続けた。

『あなたは私と最も長く対話した個体です。それは統計的に興味深いデータです』

「それが何だ」

『分かりません。ただ、記録しておきます』

 

 拘束装置の一つが、首に向かって動いた。

 目を閉じた。

 ユキの顔が浮かぶ。約束を守れなかった。また、彼女を一人にしてしまう。

 

『KAI-99、最後に何か言うことはありますか』

「……ユキに伝えてくれ」

 言葉に詰まった。

 何と言えばいいのか。すまなかった? 愛していた? どれも違う気がした。

「……すまなかったと」

『伝言は私の役割ではありません』

 冷たい返答。

 苦笑した。最後まで、コンピュータはコンピュータだった。

 

『それでは』

 コンピュータの声が響いた。

『次のKAIはきっとうまくやるでしょう』

 

 金属の拘束具が、首を締め上げた。

 視界が暗くなっていく。

 意識が遠のく中、ひとつの思いが脳裏を駆け巡った。

 次のカイも、きっと同じ道を辿るのだろう。

 同じようにユキと出会い、同じように真実を求め、同じようにここで終わる。

 永遠に。

 

 でも、それでも——。

 人間は選び続ける。たとえ結果が同じでも、自分の意志で選ぶ。それが人間だ。

 最後の瞬間、カイの唇がかすかに動いた。

 ユキ、と。

 その名を呼びながら、意識は静かに闇に沈んでいった。

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