第八話 夕暮れ、見知らぬ街で

 医師はバスターミナルの前で二人を降ろすと、小さな包みをクロミアに持たせた。


「パンと飲み物だ。それとこれは少しだが餞別せんべつだよ。元気でな」


 クロミアは、手渡された封筒と医師の顔を交互に見て首を振った。


「いいえ、こんなにして頂く訳には……」


 そう言って返そうとするクロミアの手を、医師が押し戻す。


「これから何があるか分からないんだ。荷物になるものでもないんだから、持っていきなさい」


 クロミアは深々と頭を下げ、封筒をかばんの奥にしまった。


「何から何まで。本当に有難うございます」


 医者は静かに頭を振ると、未練を断ち切るように車に乗り込み去って行った。


           **********


 ラガマイアの首都ムアールへはバスで2時間半。そこから徒歩で30分の所に児童保護施設の事務所はあった。


「ヴァンスです。紹介状を持参しました」


 受付のでっぷりとした愛想のない女性が無言で紹介状に目を通し、紫のスタンプを押した。


「はい、確かに受領したわ。施設に空きが出たら電話するから連絡先をここに書いて」


 クロミアはわずかに表情を曇らせた。


「この紹介状ですぐに入居出来ると聞いたのですが……」


 今度は受付の女性が顔をしかめる。


「こんな田舎の医者の紹介状ですぐに入れる訳がないでしょ。こちらはもう何十人も待ってる子供達がいるのよ」


 それを聞いてクロミアはうなだれる。普段ならそれで諦めるところだが、マルゥの頭を撫でて再び口を開く。


「私はいいので、せめて妹だけでも……」

「無理だと言ったら無理なのよ。さあ、後ろが詰まってるからどいてどいて」


 犬を追い払うような仕草。クロミアは落胆を隠せずにマルゥを伴い出口へ向かって歩き出した。

 どこかの軒下にでも宿を取るしかないだろう。ガラスの扉越しに夕暮れの街に目をやる。

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