第二話 回想:黒髪の少女

 混乱している私をよそに二人は和やかに話を続け、話題は男が連れている少女へと移る。


「可愛いお子さんね。あなたの子?」

「はは、鋭いね。実はそうなんだ。懇意にしてた旅の踊り子がね……」


 照れくさそうに笑う男の傍らで、おかっぱの女の子は珍しそうに母を見つめている。

 その視線に気づき、母はしゃがみこんでその子の艷やかな黒髪を撫でた。


「だって目があなたにそっくりだもの。2歳……ううん、3歳くらいかしら? こんにちは」

「こんにちは。おねえさんまっしろなのね。すごくきれいね」


 声をかけられた少女は目をきらきらと輝かせて満面の笑みを浮かべた。


「まあ、ありがとう」


 母は嬉しそうにくすくすと笑う。男は満足げにその様子を眺め、笑顔で言った。


「いい子だろ? 娘にどうだい? 育ててくれると助かるな」


 私は耳を疑った。娘を託すのがこんなに軽くていいものなのか?

 しかし母は笑顔のまま少女を抱きしめた。


「まあ、いいの? ありがとう。名前はなぁに?」

「マルゥはマルゥよ」


 私は最早もはや言葉を失った。いや、しつこいようだが元々言葉は失っている。しかしそのくらいに呆れていたという事だ。


「私はイサナ。今日から私がおかあさん。いいかしらマルゥ?」

「良かったなマルゥ。イザナさんは優しくて美人だ。自慢の母さまになるぞ」

「あら、私の名前はイサナ、ですよ」

「ああごめんごめん。僕にはその名は発音が難しいんだよね」


 呆然と突っ立っている私を尻目に新生家族の会話はすっかり盛り上がっている。

 犬の仔を譲るわけでもなかろうに、こんなに簡単に家族ができてしまっていいものなのだろうか。そもそも法的に問題はないのだろうか。そんな疑問だけが頭の中を巡り続けていた。

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