第9話――迷宮根《ダンジョン・ルート》
「いてて……」
腰と腕を鞭で打ったような痛みに顔をしかめながら俺は頭を上げた。
暗闇に染まる視界の先に青白く細長い光の軌跡が横方向に伸びている。
例えるならばクリスマスの時期に街中の街路樹や建物に飾られるような
それが、ダンジョンの壁に沿って何条にも走って、まるで胎動するように明滅するそれを見て息を飲んだ。
「やっぱりあの時ダンジョンの扉に引きずり込まれて…………って」
辺りを見回して俺はすぐに異変に気付く。
近くにダンジョンの出入り口が見当たらない。
地上の入口から進入すれば、ダンジョンの入口から始まるのが当たり前だ。
だが俺の周囲にはその入り口が存在しない。どうやらダンジョンの奥深いところに直接転送させられているみたいだった。
「どうなっている……?」
そのような現象など今まで遭遇したことないし、聞いたこともない。もしそんなものが存在するのなら、ダンジョン探索における重要知識としてとっくに周知されているはずだ。
そしてもう一つ、春崎の姿がない。少なくとも俺の直ぐ近くにいる気配はしない。
俺が気絶していることに気が付かずにその場を離れてしまったのか、それとも俺とは別の所に転送されてしまったのか。
「春崎、いるか……!? おーい、春崎!」
大きな声で呼びかけてみるも、暗闇の中に吸い込まれるだけで返事は返ってこない。
周囲を見回して見るも視界はとても悪く、迷宮根の光だけではとても探索など出来はしない。
「まいったな……装備も何もかも置いてきてしまった……」
今の持ち物は制服のズボンに入ったハンカチとスマホ、そしてダンジョン探索用の安全靴に首に下げていた筋力増強の
この状態でモンスターなんかに出くわしたら……。
「――わっ!」
「ぬわあああああ!?」
唐突に真後ろから大声を投げられて、心臓が飛び出しかけた。振り返ると暗闇の中にぼんやりと迷宮根の光に照らされた春崎の姿が浮かび上がっていた。
「いきなりなにしてんだ、お前!?」
「いやぁー、ごめんなさい。まさか先輩がそこまで驚くとは思わなくて」
そんな大して悪びれて無さそうにみせる春崎。しかし、どうやら大事なことにはなってなさそうで少し安心した。
「ん、なんだ、それペンライトか?」
俺は春崎の手に、何やら白く眩しく光る円筒状のものを持っていることに気が付いた。長さ数センチメートルくらいの代物で、プラスチックのような先端は星型のデザインをしている。
「ええ、暗かったので持ってたものを出したんですよ。『マーベラスプリティライト』っていってこうやって振って推しとかを応援する為のものなんですよ」
そう言って手にしたそのライトを振って見せる春崎。ま白い光が連なって暗闇の中で帯のように見える。
「マーベ……なんだって?」
「『マーベラスプリティライト』です。映画マベプリの入場者特典で貰えるものですよ」
「マベプリ?」
「毎週日曜朝からやっているアニメですよ! 『美少女ロボット戦士 マーベラスプリティーズ』、まさか先輩知らないんですか!?」
「日曜は朝一からバイトだから……!」
そういえば遥のやつがそんな名前の何かをよく口にしていた気がする。詳しい内容までは知らないが、女児向けの作品で、よくお菓子とかグッズとか買ってくるようにせがまれたのをなんとなしに覚えていた。
「と、とにかく、そいつがあればこの暗闇もどうにかなりそうだな」
「私複数持ってますから先輩にも一つ貸してあげますよ」
そう言って春崎はカバンからマーベラスプリティライトなるものをもう一つ取り出し俺に手渡す。
さっきのと比べると何やら先端に六角形の突起が付いていて、スイッチを押すとやや赤っぽい色に光った。
「……なんか色や形が違うな?」
「それは『映画マベラスビクトリー』で貰える『マーベラスプリティダイナミックライト』って名前のやつですね。作品によってライトの名前も形も微妙に違うんです。ちなみに今私が持っているのが『映画マベプリオールスターズ〜ゆずりあい銀河・
「わ、分かった、もういい!」
徐々にヒートアップしてきた春崎の説明を遮り、気を取り直すようにペンライトの明かりを周囲に巡らせる。
LEDのような光で照らすそれはどうやらダンジョンの通路のかなり奥の方までも光を行き渡らすことが出来そうだった。
「よし……春崎、今さらだけどお前、ここがダンジョンの中だって分かってるか?」
「ダンジョン……あの噂のダンジョンってこれなんですか?」
「そうだ、テレビとかネット動画とかで内部を映した映像くらい見たことあるだろ?」
「えっ、見たことないです。私、テレビはもっぱらキッズチャンネルでアニメとかしかみないし、ネット動画も配信者の雑談とかゲーム実況くらいで」
「…………」
思わず絶句しかけたが、春崎なら納得しそうな感じである。テレビのニュースすらまともに見たことがない人もそんな珍しくもないし、興味が無い人間ならネット動画ですら積極的に検索しないのかもしれない。
……まさか、俺が世間の認識とズレてるとかないよな? ダンジョン探索なんて物好きな――みたいな。
「まぁ、いい。とりあえず、俺から離れるなよ」
そう言って前方を照らし辺りの気配を最大限警戒しながら俺はダンジョンの暗闇に向けて足を踏み出した。
「わ、分かりました」
先ほどまで余裕じみていた春崎もようやく緊張してきたような面持ちになって頷き、俺の後をついて歩き出す。
いつも入り慣れているはずのダンジョン。
その時はまだ、不気味なくらいに静かな闇に包まれていた。
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