第6話 学びの地での夜のデート

 高梨たかなし優斗ゆうと置賜おきたまに戻り、後期の学業が始まっていた。

 そんな時、神崎かんざき彩花あやかからメールが着信した。

「今度の週末、お酒でも一緒にどう?」との誘いだった。



 優斗が指定されたバーに着いたのは、街に夕暮れの気配が色濃くなり始めた頃だった。ガラス越しに映るネオンが、店内のカウンターに柔らかな色を落としている。


 既に彩花は座っていて、優斗に気づくと、嬉しそうに手を振る。


「ここだよ!」


 彩花は少し照れたように笑い、グラスを手に取った。


「優斗君、こういうとこ、初めてでしょ?」


「姉貴、バーなんて初めてだよ!」


 二人の間に、一瞬の静寂が流れた。

 窓の外のネオンがゆっくりと揺れている。




 優斗は、秋休みを利用して帰省したことを話し始めた。


「この前、佐渡に帰省したんだ。久々にに会って、一緒にドライブしたんだ。佐渡の紅葉を見て、そのあと海の浜辺で語り合って……」


「そうなんだ!じゃあ、紗花さやかと二人でドライブだね!なんか素敵じゃない!?正直、そういうの、憧れちゃうなぁ…」


 彩花は一瞬、視線をそらした。


(……いいなぁ、紗花。こっそり、優斗君とそんな時間を過ごしてたなんて……)


 ゆっくりと笑顔を作ったが、瞳の奥は少し曇っていた。




 彩花にとって、優斗との時間は、思いがけず特別なものになっていた。初めは、長い間生き別れていた双子の片割れ──紗花の半生を知るためだった。


 けれど今は違う。紗花の弟、いや、今では彩花と紗花、弟となった優斗のことも、もっと深く知りたいと思っている。


(彼の笑顔を見る度、なぜか胸がざわつく──どうして、こんな気持ちになるの…)



 優斗はふと、真剣な顔になった。


「そういえば、そろそろ進路を考えなくちゃいけないんだけど……

 あおいちゃんはどうするのかな?」



 彩花は少し俯き、窓の外の街灯りを見つめた。

 遠くで車の音がかすかに響いている。


「うん、葵はね……もう、就職活動、始めてるよ!筆記試験も受けたって言ってた。

 そろそろ面接も始まるみたいね。優斗君はどうするの?」


「俺、正直……院に進学したいって思ってるんだ。」


「えっ……、院って、大学院!?すごいじゃない!?」



 彩花はふと思った。もし、神崎かんざき家と高梨たかなし家に引き取られたのが逆だったら――

が、優斗の姉でいられたのかもしれない、と。


 神崎家での人生は、確かに幸せだった。葵という妹がいて、温かい家庭があった。それでも、頭の片隅から離れないのだ。もう一つの可能性。もしも、自分が優斗のそばで生きていたなら――


 そう思うたびに、胸の奥がじんわりと熱くなる。優斗のことが、どうしようもなく愛おしく思えてしまうのだ。



(これって……まさか……私、優斗君のこと、好きになってる?

 でも、ダメだよね……優斗君はもともと、紗花の弟だったんだもの。

 今では、の弟なんだし……)



 彩花はグラスの縁を指でゆっくりなぞりながら、胸のざわめきに耳を澄ました。


 店のスピーカーから流れるジャズが、静かに鼓動の隙間を満たしていく。窓の外では、月が高く昇っていた。心の揺れを隠すように、彩花はそっと視線を落とした。




 彩花は優斗の学生生活について尋ねた。

「優斗君は大学で、どんな実験とか実習してるの?

 やっぱり、難しいことしてるんだよね?」


 優斗ははにかみながら

「簡単な機械の設計をしてその図面を書いてみたり、

 ロボットやエンジンを動かして性能を調べたりしてるよ!」



 彩花は驚いて

「やっぱり凄いことしてるんだね!

 卒業研究もそろそろ始まるんでしょ?どんなゼミに入るの?」


「研究室はこれからなんだけど……第一志望は熱流体研究室かな?

 インターンシップでも佐渡の周りの流れの解析をやったから、

 それに近いことを卒業研究でもやってみたいんだ!」


「すごーい!今、葵も羽越うえつ大学の高峰たかみねゼミで、佐渡の気流解析……

 インターンシップの課題だったやつ、続けてるよ!

 それがそのまま葵の卒業研究テーマになるみたい。

 でも、その前に就職の内定を取るのが先なんだって!」




 優斗と彩花の話は尽きなかった。気がつけば、グラスの中の氷は溶けきり、窓の外には深い夜のとばりが下りていた。



 彩花がふとカクテルを口に運びながら、優斗を見つめる。

「……ねぇ、優斗君。私のこと、どう思ってる?」


(あっ……言っちゃった。なんで、こんなこと……まさか、私、優斗君に?

 この気持ちって…… 姉としてなの? それとも、まさか、女として?……)



 優斗はドキッとした。今まで、紗花にそっくりな「もう一人の姉貴」としか見ていなかったのだ。やがて、静かに答える。


「……俺にとっては、すぐそばにいてくれる『もう一人の姉貴』かな。

 佐渡の実家には『姉貴』がいて、今はこの置賜の地にも『姉貴』がいてくれる。

 どちらの姉貴も、俺の心の支えなんだ」



(でも……なんだろう。

 ただの「姉貴」ってだけじゃない気がする。

 紗花の存在も大きいけど、彩花の存在も――

 それに負けないくらい、俺の中で大きくなってきてる。

 ……これって、きっと気のせいだよな……)



 彩花は、顔を赤らめながらも、そっと優斗の肩に頭を預けた。

 優斗は、躊躇とまどいながらも、そっと彩花の背中に手をまわす。



「ねぇ、優斗君。また、一緒に飲もうね?」


「うん。俺も、の姉貴のこと……もっと知りたいし。」



 その後も二人は、休みの日が合う度、一緒に過ごすようになっていった。

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