第5話 故郷でのドライブデート

 高梨たかなし優斗ゆうとの通う山形県の置賜おきたま地方にある大学は、

 つかの間の秋の休み期間に入った。

 それを機に佐渡さどの実家へ一時帰省することにした。


 故郷に戻るのは、インターンシップの実習以来だった。

 実家に着いた日の夜、姉の紗花さやかが笑顔で言った。


「せっかくだし、二人でどっか行こうよ。……明日、一緒にドライブしない?

 昔よく行ったあの道、また通ってみたいな……」



 翌日の朝。空は雲ひとつない秋晴れ。


 紗花の運転で、二人は紅葉スポットや海沿いの道を巡っていた。窓の外に流れる景色が、色づいた木々の匂いと、潮風の混じる香りを運んでくる。


 助手席の優斗が窓の外を指さした。


「姉貴、見てみろよ。あの山のとこ、もう紅葉が綺麗だ!」


「ほんとだね、優斗。……もうそんな季節なんだ」


 紗花はハンドルを握ったまま、ふっと目を細めた。

 ふたりで見る景色が、どこか懐かしく感じられた。



 車内では、自然と会話が弾んだ。


 昔、一緒に虫取りに行った話。学生時代にハマった音楽。ミントグリーンのお守りの思い出。それらは、特別でも劇的でもなかった。でも、確かにあの頃の二人だけが知っていた記憶だった。



 そんな中、紗花がふと尋ねる。

「……ねぇ、優斗。そういえば、彩花あやかとは、連絡とったりしてるの?」



 優斗は、屈託のない声で答える。

「ああ。ね。何かと気にかけてくれてるんだ。メールでやり取りしてる。この前も二人でカフェで話してさ、けっこう盛り上がったんだ!」



 紗花は小さく息をついてから、笑って言った。

「そっか……。彩花とも、カフェでしてるんだね」


――よかった。優斗は、彩花のことも「姉貴」として受け入れてくれてるんだ。


 けれどその一方で、心の奥に、小さなとげのような感情がうずいた。



(昔は、私の隣にずっと一緒にいてくれたのに……

 なんだか、少しだけ遠い世界に行っちゃった気がするな……)



 それは、ずっと一緒に育ってきた弟が、自分のもとを離れ、自分と同じ顔をした「もう一人の姉」のところへ行ってしまうような、言いようのない寂しさだった。

 かつては、紗花が弟にとっての「唯一無二の姉」だった。でも、今は違う。



 午後も深くなり、空はオレンジ色に染まり始めた。


 ふたりは、海の近くの駐車場に車を止めて、浜辺に並んで腰掛ける。手には、それぞれコンビニで買った缶コーヒー。まだ少しだけ温かい。


 波の音が、静かに耳に届く。

 しばらく何も言わず、ただ夕日を眺めていた。

 やがて、紗花がぽつりと呟く。


「……こうして波の音を聞いていると、安心するんだよね。」



 優斗が笑う。

「姉貴、変わんないな。でも、なんか、前より綺麗になった気がするけどな」



――言った瞬間、気まずそうに視線を逸らす。

 空気が、ふと張り詰めた。


 言葉のない間に、波の音だけが続く。

 それでも、その沈黙は居心地の悪いものではなかった。



 紗花は、夕焼けを見つめたまま問いかける。

「……ねぇ、優斗。私のこと、どう思ってる?」


(やだ……言っちゃった。なんで、こんなこと……まさか、私、優斗に……?)


 胸の奥が、ひりつくように痛んだ。

 姉として? 女として? 自分でも分からないまま、優斗の答えを待っていた。




 優斗はしばらく黙っていた。やがて、小さく息を吐く。

「俺、姉貴の弟で良かった……って思ってる」


 それだけだった。でも、しっかりとした声だった。


(……それだけじゃない、気がするけど)


 優斗は、自分の中の揺れに気づいていた。

 紗花の笑顔も、声も、仕草も――最近、どうしても気になって仕方がない。




 気づけば、空はすっかり暮れかけていた。

 波が砂浜に打ち寄せる音が、夜のとばりの始まりを告げている。


 紗花は、顔を赤らめながらも、そっと優斗の肩にもたれかかった。

 優斗は、躊躇とまどいながらも、そっと紗花の背中に手をまわす。


 ふたりの間にあった静かな時間が、波に包まれながら、

 ゆっくりと一つになっていくようだった。



「優斗、また一緒に、ここに来ようね……。」

「ああ。この景色……また、姉貴と一緒に見たいな。」



 その後も、優斗が佐渡に帰省している間、

 ふたりは共に過ごす時間を大切にしていた。


 子どもの頃から、姉と弟として一緒に過ごしてきた、

 その思い出の一つ一つを噛みしめるように。

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