第2話 そっくりな二人の「姉」

 高梨たかなし紗花さやか神崎かんざき彩花あやか──それぞれの姉──の訪問の後、神崎かんざきあおい高梨たかなし優斗ゆうとは実習に身が入らなかった。高峰たかみね研究室でそっくりな二人が並ぶ光景を想像し、覗きたい衝動にかられた。



 葵が「高峰研究室、覗きに行こうか、そっくりな二人が並んでるかも」と囁くと、

 優斗が「姉貴が二人いたらヤバいよな、行く?」と目を輝かせて、立ち上がった。



 そこへ、

「ん?…… 何を覗くんだって?」

 と高峰が現れた。



 二人の落ち着かない様子を見た高峰は、ハハハ……と笑って

「ま、その内『佐倉さくら先生』が呼びに来るだろうから、待ってると良いよ」

 と、謎の言葉を残し、そのまま立ち去って行った。



 それからまた30分も経たない内に、またしても指導員の佐倉さくら深雪みゆきがやってきた。

「葵ちゃん、優斗君、ちょっと来てくれる? があるの」

 そう言って深雪は二人を連れだした。



 葵は「来た!」と小声で囁き、

 優斗も「二人の姉貴、見れるかな!」と目を輝かせて立ち上がった。



 二人は深雪の後をついていく。

 廊下の静けさが、かえって心臓の音を大きくする。




 三人は部屋の前に着いた。

 深雪がドアをノックし、ドアノブに手を掛ける。




 そして──扉が開いた。








「「こんにちは!」」








 目の前には、全く同じ声、同じ姿の二人の女性 ──高梨たかなし紗花さやか神崎かんざき彩花あやか── が並んで立ち、瓜二つの微笑みを浮かべていた。




 葵が「お姉ちゃん!?紗花さん!?何なのこれ!?」と声を上げ、

 優斗は「うわぁっ!姉貴がいる!?マジでそっくり!」と思わず腰を抜かす。




 彩花が「葵、びっくりしたでしょ?」

 紗花が「優斗、驚きすぎだって!」と同時に笑った。




 けれど、優斗の心の中では、混乱と興奮が入り混じっていた──本当に、自分の知っている「姉貴」がどっちなのか……まるで分からない。





(一体どっちが「姉貴」なんだ?…… 正直、わかんねぇぞ……)





 優斗の目の前には、自分が一緒に育ったはずの「姉貴」が今……なんといる。頭のてっぺんから足のつま先まで、まるで同じ姿形をしている。まるで、まるごとコピーしたかのように、二人とも完璧に同じ姿だ。





(なんかこれ、特撮のワンシーンみたいだ……)





 深雪の勧めで皆、椅子に腰かける。やがて、紗花の口から思いがけない事実を知らされる。


「私たちは高梨家でも神崎家でもなく、別の親戚筋の神社の家に『双子』として生まれたの。生みの両親が事故で亡くなった後、私たちは別々の家に引き取られたの。」



 それはつまり、紗花と彩花がであるという事実と同時に、優斗と紗花、そして葵と彩花のあいだには、ことを意味していた。



 続いて、紗花と彩花は、大学を卒業する頃の出来事を話し始めた。


 彩花が「私たち、お互いの存在はずっと知らずに……」と始め、

 紗花が「それぞれの家の娘として生きてきたの…… それが突然……」と続け、

 二人は「「両親から手紙が届いて……」」と声を揃えた。


 そして、紗花が話を続ける。

「実は『自分達の娘』ではない、そして『双子の姉妹』がいるって……お互いに会うかどうかは『本人たちに任せる』って、書いてあったの……」


 彩花も続けて

「それで、私たち二人は『22年振りの再会』を果たした……ってわけ。その時は本当に嬉しかった。初めて会った気がしなかった。本当に『大切な人』と巡り会えた、そんな気がしたの」と語った。


 けれど二人は、再会の後もそれぞれの家族との絆を大切にしたくて、自分たちが双子であることを周囲には明かさずにいた。


 それでも、「ほんの少しだけでもいいから、双子の姉妹として受け入れてほしい」――そう願う気持ちを、ようやく口にしたのだった。




 深雪が重い空気に風穴を開けるように、と語り掛けた。


「本当であれば、同じ家に育って、一緒に笑って、喜んで、泣いて、時には喧嘩もして、そうやって時間を重ねて行けたのかもしれない。でも、紗花と彩花は長い間、その姉妹の絆を断ち切られたままだったの。


 それが今、こうやって一つになるって……二人にとっての大切な絆を取り戻すチャンスでもあるんだよね。葵ちゃん、優斗君、突然のことで驚いちゃったと思うけど、二人の気持ち、受け止めてもらえそうかな?」




 涙ぐむ紗花と彩花に向かって、葵は目を潤ませながら呼びかけた。


「お姉ちゃん、双子だったの!?やっぱり、そうだと思った……

 じゃぁ、『彩姉あやねえ』と『紗姉さやねえ』で良いよね……。

 私、『彩姉』と『紗姉』のになれるんだよね」



 そして、優斗はあっけらかんと言った。


「姉貴がなんて……なんか、変だけど……嬉しいよ!

 でも、もう見分けつかねえから、どっちも『姉貴』で統一して良いよね?」


 場が一瞬、静まり返り──次の瞬間、皆が笑った。




 世界に立った「一人」のはずだった姉が、この時を境に「二人」になった。

 それは、突然すぎる変化だった。

 でも、家族の形は一つじゃない。

 自分の中に、「姉貴」という存在が自然に入り込んでくる。

 それが、優斗にとっての「新しい家族」だった。



 いま、優斗の故郷である佐渡さどには紗花がいる。

 そして、学びの地である置賜おきたまには彩花がいる。



 それぞれ違う場所にいながら、

 二人の「姉貴」はいつも、優斗の背中を支えてくれている。



 佐渡の空と、置賜の風の中に、そっくりな二人の姉のぬくもりを感じながら──

 優斗は、自分だけの家族の形を胸に、歩き続ける。

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