雪国の見守り人・外伝(4) -僕は二人の姉と恋をする?-

風雪詩人

第1話 「姉」は一人のはずだった

 大学生・高梨たかなし優斗ゆうとは、新潟県・佐渡さどの地で生まれ育った。今は山形県の置賜おきたま地方にある米沢よねざわ工科大学で機械工学を学んでいる。


 実家の神社で神職を務める姉・紗花さやかとは、物心ついたときから一緒で、ずっと彼女を「姉貴」と慕ってきた。優斗にとって「世界で『姉貴』は」──そう、信じて疑わなかった。少なくとも、この夏を迎えるまでは。



 優斗が大学3年時の夏、羽越うえつ大学と置賜予報センターの共同インターンシップに参加することが決まっていた。実習のテーマは「佐渡島周辺の風の流れの調査解析」。羽越大学の特任教授・高峰たかみね哲四郎てつしろう(通称・「おやっさん」)がアドバイザー、気象予報士の佐倉さくら深雪みゆきが指導員を務めるという。


 高峰はかつて、大学で機械工学を専攻しており、その後、気象予報士として活躍した人物。現在では、機械工学の知識をベースに地域気象にアプローチする「四力よんりき気象学」に取り組んでいるという。この「四力」とは、機械工学の基礎となる材料力学・熱力学・流体力学・機械力学のことである。優斗はその四力を気象学に応用する片鱗に触れたい、との思いからこのプログラムへの参加を決めたのだった。




 しかし、このインターンシップへの参加が、自分の「家族」の枠組を大きく変えてしまうことになろうとは、この時点では全く想像できなかった。




 いよいよ夏休み期間を迎えた。インターンシップは2週間の日程で、前半は佐渡での観測実習、後半は羽越大学でのシミュレーション実習となる。


 優斗は置賜を離れ、観測実習のため佐渡へと向かう。そこで、神崎かんざきあおいという女子学生と出会った。葵は山形県置賜地方の出身で、今は羽越大学で情報処理を学んでいる。二人とも同じ大学3年生で実家が神社と言うことで意気投合した。



 実習のための観測機器は、佐渡の神社の敷地内にある。そして偶然にも、この神社は優斗の実家が管理する神社だった。そして現地協力者として現れたのは、なんと優斗の姉・紗花だ。紗花はこの神社の神職を務める傍ら、観測実習に励む葵と優斗を何かと気遣ってくれた。



 しかし、優斗は、葵の紗花を見る目に違和感を覚えた。何となく、ぎこちないのだ。葵と紗花の関係はもちろん悪くはない。しかし、緊張しているのだろうか、どこかちょっと余所余所よそよそしい……かと思うと、紗花のことをじっと見ていることもある。


 そこで優斗が「なあ葵ちゃん、姉貴のこと、なんか気になる?」と聞いてみると、葵は思いもよらないことを口にした。



「実はね、優斗君のお姉さんの紗花さん……、私の実家のお姉ちゃんにそっくり過ぎるの!コーヒーを手に持つ仕草とか、一緒にスイーツを食べたときに『んんん!』と小さく呟く声まで、まるで……実家のお姉ちゃんが目の前にいるみたいなの!」



 これには優斗も驚いた。

「えっ……? 似てる人なんて世の中にたくさんいるんじゃない? 葵ちゃんのお姉さんって、そんなに姉貴にそっくりなの?」



 葵はこれまで抑えてきた動揺を吐き出すように続ける。

「何かね……、まるでお姉ちゃんを、そのまま丸ごとコピーしたような感じなの。 しかも、私のお姉ちゃんも実家の神社の神職……って職業まで全く同じなの!」



「えっ……、マジ……かよ……」

 これには優斗も絶句した……。



 インターンシップの後半は羽越大学でのシミュレーション実習である。葵と優斗は佐渡を離れ、羽越市内にある羽越大学の学生研究室に拠点を移した。そんなある日のこと、優斗と葵が実習に取り組んでいると、指導員の佐倉深雪が、観測実習の現地協力者でもある優斗の姉・高梨紗花を連れてきた。


 紗花はポニーテール、白のブラウス、黒のレディーススーツ、黒のローファーで、いかにもできるキャリアウーマンの装い。


「葵ちゃん、優斗、元気にしてる? 後半の実習も、頑張ってね!」


 紗花は笑顔で二人を激励し、深雪と共に別室の高峰研究室に向かって行った。



 それから30分も経たない内に、また深雪が、どこか得意げな──あるいは何かを隠しているような──笑みを浮かべてやってきた。その隣には、相変わらず紗花?がいる。



 その姿を見て優斗は

(なんだ姉貴、また来たのか……。 なんか忘れ物でもしたのか?)

 と、特に気にも留めなかった。






 しかし、深雪の口から予想もしない言葉が飛び出した。



 「こちら、葵ちゃんのお姉さんの神崎かんざき彩花あやかさん……」



 そう、今度は葵の姉・彩花を連れてきたのだ。彩花は、紗花と瓜二つの装い──ポニーテールに白いブラウス、黒のスーツ姿。唯一違ったのは、首元のネックレスだけだった。



 彩花の妹・葵は、目の前の姉の姿が、先ほど見た紗花の姿とダブってしまい、思わず二度見した。



 そして、優斗は目の前の「姉貴」が全くの別人──「紗花」ではなく「彩花」──だと知り驚愕した。



(う、嘘だろ……、どこからどう見ても、佐渡で一緒に育った「姉貴」だろ!?)



 そんな優斗に向かって、彩花は声をかけた。

「初めまして。……貴方が優斗君? 妹の葵がお世話になってます。 ……後半も、よろしくお願いしますね。」



(えっ? 顔や見た目だけじゃなく ……声まで、「姉貴」そのものだぁ!……)



 目の前の信じられない現実に、優斗はひどく狼狽した。

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