元人間のやりなおしと、吸血鬼のすいなおし(1/2)
「――なるほど。それが夜宮くんが自殺しようとした理由という訳だね」
淹れて貰った玉露茶とせんべいに舌鼓を打ちつつ、理事長室で水無月かおると2人きりになったオレは彼女に今までの経緯の事を話していた。
……別に、人生相談のつもりはない。
これは只々、この水無月学園でお世話になるからそういう事を話しただけに過ぎない。
だというのに、今のオレの気持ちは意外な事に、青々と晴れ渡るような空のように澄んだ心地だった。
「大変だったね……と言っちゃ駄目だね。その大変さは推して知るべしというか、キミだけにしか理解しちゃいけないものだから。下手に同情するのは却って失礼だ。そんな私が出来る事はといえばキミに衣食住を提供して、これからどう生きるかの提案をすることぐらい」
涙を流さず、かと言って義憤に駆られるだとか、変にオーバーリアクション気味に相槌を打ち返したりだとか、そういう事を一切せずに彼女は他人事のようにオレの身の上話を聞いてくれた。
……それの何とありがたい事か。
だからこそというべきか、どうしようもない事に対する愚痴を吐きたいだけ吐けることが出来て、その愚痴を人に聞かせてしまって申し訳ないだとか、恥ずかしいだとか、そういう必要だけど必要じゃない感情に支配される事もないままに事実を淡々と述べる事が出来た。
死ぬ前に、人間が遺書を書く理由が何となく分かったかもしれない……そう思った瞬間だった。
「夜宮くんはお母さんの事が本当に大好きだったんだね」
「大好きですよ。こうして口にするのはまだ恥ずかしいですけど……」
「大好きな人に向ける感情は、いつどの瞬間でも大好きで良いんだよ。歳とか全然関係ありません」
「そう、ですね」
「うん。話してくれてありがとう。こういう家庭事情ならお偉いさんも支援を惜しまない筈。仮に惜しんだとしても私が脅すから安心安心! 奨学金とかも返済不要のヤツがあるから今度紹介するね。もちろん人間用じゃなくて吸血鬼用のヤツだから聞き慣れない財団法人でちょっと不安かもしれないけど」
「金は……本当に、ありがたい限りです」
産まれた時から大金に恵まれた生活をしていたとは言えなかったオレにとっては、無償で貰える金がどれだけありがたい事なのかどうかを熟知していた。
本当に文字通り、オレはこの人に頭が上がりそうになかった。
「それで……どうしよっか」
「どうする、とは」
「本当に水無月学園に入学する? 前に夜宮くんがいた学校のデータベースを見たんだけどキミの学力はかなり高いし授業態度もとても真面目。言ってしまえば選択肢自体はかなりある。こういうのもアレかもしれないけれども、金銭や家庭の問題で自ずと狭めてしまっていたであろう選択肢が増えたのも事実だよ」
彼女はオレに……この学園にだけ拘る必要性はないという事を教えてくれている。
これは本当に、とても贅沢な悩みだと思う。
だって、この世の中には最初から選択肢というモノを渡されていない人間というのがかなりの割合でいる。それをオレは実感している。実感し続けている。そんな人生を送ってきた自覚はある。
自分で選んだ選択だとしても、それは出来得る限り数を削ぎ落したという背景から成るモノもある訳で。
自分で選べなかった選択だとしても、それは最善の中の最善を尽くした結果から成るモノもある訳だ。
「キミはかさごちゃんの眷属。つまり、元人間だ。事故とはいえ吸血鬼に血を注がれてしまった時点で人間に戻れる可能性はかなり低い。だけど人間のフリをして生きる事が可能なのが今の共存社会。そして私はそんな吸血鬼の平和的な共存を応援する立場にあります。だから、この学園に入らなかったからと言って協力をしないという事は絶対にしない。というか、したくない」
「…………」
「……まぁ、自殺をしようと思ってたぐらいだもんね。これからの人生をどうしようとか考えられるぐらいの余裕が無かった夜宮くんにこんな事を言うのはちょっと
彼女の言うとおり、今のオレには考える時間が何よりも大切なのかもしれない。
なぁなぁで、オレは自殺を邪魔されて、吸血鬼の関係者にされて、性別まで変えられて、この学園にまでやってきた訳だけども、今にして思えばオレは流されるがままにここにやってきた。
とはいえ、そうして流されて行ったのもとても気が楽だったのは確かだった……何せ、自分で考える必要性がなかったのだから。
こうしてゆっくりと自分の頭で、自分の未来についてじっくりと考えられる事の――何と幸せな事だろうか。
だけども、不幸にも今のオレには決断力というものが致命的なまでに足りていなくて、そうこうしているうちに理事長室に備え付けられていた時計から鐘が鳴り響く。
見るからに重厚な作りの、大正時代を思わせるようなレトロな作りの大きな壁掛け時計の針を思わず見てみると、時刻は午前の5時ごろを指していた。
「1時間近くついつい話しちゃったねー」
「意外とすぐに時間が流れるもんですね」
「大事な事を考えている時はそういうもんだよ……そうだ、夜宮くん、水無月学園の屋上行ってみる?」
「屋上、ですか?」
「うん。ここの桜は夜に見るのも綺麗だけど、やっぱり朝の光に照らされる桜を上から見るのも中々に乙だよ? 良い気分転換になること間違いなし!」
「……吸血鬼って、日光が苦手なイメージがあるんですけど」
「普通の吸血鬼ならそうだね。当たるだけで体調を悪くする子もいるけれども、真祖直属の眷属くんなら問題ないかなー? 一応、かさごちゃんも真相みたいなものだしね。それにこの時間なら他の生徒も家や寮に帰ってる時間帯だと思うから人目にも気にしなくて良いよ! 吸血鬼ってば基本的に昼夜逆転生活者ばっかだから! 人間社会の深夜業務は少ない人と機械と吸血鬼たちによって支えられているのです!」
そう聞くと本当にオレは元の生活に、出来るだけ近い生活を送ることは事実として出来るのだろう。
だけど――その生活には、オレの母親はいない。
住む場所だってそうだ、新しい衣食住が提供されたとしても以前と全く同じ衣食住を営むことは不可能だ。
だって、オレの家はもうどこにも無いのだから。
狭くて、不自由だらけで、それでも……あそこだけがオレの居場所で、あそこしか居場所が無かった。
そんな居場所がもう無いのに、元の生活に戻れる事なんて出来やしないのに、どうしてわざわざそれに近い生活を過ごす必要性があるのだろう。
限りなく酷似した生活を惰性的に送り続けたとしても……夢見た生活には戻れることは、絶対にないというのに。
「まーた夜宮くんったら暗い顔してる。そんな暗い顔したら幸せが逃げちゃうぞー?」
「……すみません。でも、桜を屋上から見るってのは確かに良い気分転換になりそうです。見ながら、今後のオレの身の振り方をゆっくり考えます」
それでは失礼します、だなんてお決まりの言葉を述べてからオレはお世話になった理事長室から退室してから、周囲をうろうろと見渡す。
理事長先生が言ったとおり、学園内には人の、いや吸血鬼の気配はない。
吸血鬼の学園は、朝方になると静まり返るというのは本当らしい。
耳を澄ませば、遠くで時計の秒針だけが規則正しく響いている。
まるで深夜の学園に忍び込んだようなワクワク感が無いと言えば嘘になる。
思えば、オレは夜の東京で労働はしていたけれども、こうして誰もいない学園を闊歩した記憶はなかった。
そう思うと自然と足が動き出して、頭の中では屋上から見る景色はどういったものだろうなのかという期待で溢れていて、気が付けば階段を登っていた。
少し前のオレであれば自殺をする為だけに少しでも高い場所を探していて、その目的地の最上階を『死ぬ為に』登っていたというのに……本当に、自分の無さに辟易してしまう。
「……生きる為……はは……未来も、夢も、理由も、母さんもいないのに――何に生きろって言うんだよ……」
困ったというよりも、呆れ果てたと言わんばかりの乾いた笑い声を発しながら、最後の階段を登りきる。
朝の光と桜を見下ろせる自殺日和な景色の先には――。
「――おはようございます。まーた懲りずに2度目の自殺でもするつもりですか、私だけの
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