第3話 神さまとの出会い

 ビジネス用語で「期待値コントロール」というのがあるそうです。


 お客さんにいい商品を見せるときに、あえてたいしたもんじゃない感じを出しておいて事前の期待値を下げてからお客さんに見せると、「思ったよりいいじゃん」と好感度が上がる。もし、商品に自信があるからといって、すごくいい商品でっせ!と事前の期待値を上げすぎてしまうと、いざ商品を見せたときに、「思ったほどじゃないじゃん」と好感度を下げてしまう。


 大学での講義中、私の頭の中は期待値コントロールの攻防に必死でした。


 もしかしたら、ただ神社のそばで見つかったから「奥の院」とか騒いでいるだけで、本当はただの物置小屋かも知れない。うん、それでもいいよ、いいよね。好奇心を満たすことが目的なんだもん。スリルが味わいたいんだもん。こっそりと確かめに行くこと自体が楽しいじゃん?


 ただ、本当に何百年も前の「奥の院」だったら?わざわざ「奥」って言ってるぐらいだから、本殿よりすごい名工の仏像とか、貴重な古文書とか、由緒ある秘宝が納めてある可能性だってある。


 予定通りに私は現場に到着しました。十七時少し前。六月も終わりに近くなって昼間はむしむしと暑かったけどこの時間には心地よい涼しい風が吹いています。神社の木々の緑と、掘り返された土の香りをのせて。


 昼の間に少し作業が行われたのでしょう、朝見に来たときよりも土は除かれ、「奥の院」と見られる古い建造物の屋根板や柱らしき木材が露出しています。


 すごい。


 私は呼吸するのも忘れて立ち尽くし、崩れた「奥の院」を見つめました。


 それが本当に由緒ある建物なのか、ただの小屋なのかの見極めはその時の私には不要でした。目の前にある崩れた建造物が、何百年も前に創建されて、江戸時代の地震で土に埋もれ、ずっとそのまま眠っていたものにしか見えなかったからです。直感的に。


「すまん」


 いきなりそんな一言が耳元で聞こえました。


 私は驚きのあまり全身の体毛を逆立てて声のした方を振り向きました。


 そこには、大河ドラマの撮影から抜け出して来たような、真っ白な髪をきれいに結った、直垂姿の中世貴族風の若い男性が立っていました。


「どう声をかけても驚くだろうと思ってな。だからまず詫びておいた。すまん」


 男性は静かに私を見つめています。私が驚きから立ち直るのを慎ましく待っているようです。


「お、お許しください!」


 とっさの場面で自分が何を言い出すか、自分でもわからないものです。このとき私の口から無意識に飛び出したのはそれでした。唐突な事態に何も考えられなくなってしまいつつも、その男性のことを神社の偉い人か、「奥の院」にゆかりのある幽霊か、へたをすると西八幡神社の神さまだと思ったのです。


 中世の貴族さまは微笑を浮かべました。不思議な髪の色をしていました。白いのですが、老いた白髪ではなく、ぼうっと光って見えるほどつややかな白なのです。年齢は私と同じくらいに見えました。イケメンには興味ありませんが、凛としたきれいな顔立ちで、これは美形というのでしょう。日が暮れていく夕闇の中で、濃い紫色の直垂が一層あざやかに見えました。


「お前と話をしてみたい。中に入らぬか」


 天然コットンのように優しく心に触れて来る声でした。

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