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 橋戸沙亜羅は王子様を探し求めている。

 遡ること二十四年前、沙亜羅が四歳のこと。母親の歴代彼氏の中のひとりが、沙亜羅に絵本を与えた。きらびやかな世界で愛し愛される王子様とお姫様。沙亜羅は何日もその絵本を離さなかった。与えてくれた男が、本来の女房に刺されて死ぬまでは。

 沙亜羅の母親は新しい彼氏を作り続け、娘が何を読んでいようが気にしなかった。その時の彼氏との殴り合いで忙しかったのだ。

 どうにか中学卒業まで生き延びた沙亜羅は、高校までの通学路の途中で脇道に入り、それっきり母親の寝床には戻らなかった。

 脇道の先に見えたものは、二百四十時間不眠不休できらきらと輝き続けるネオン街だった。


 沙亜羅は当面の住まいを探した。歓楽街の中を、真っ昼間から、制服姿で。

 ほとんどの店先から丁重に追い出され、最後の一軒で悪魔に出会った。

「ウチの店、悪魔しか来ない悪魔の店だけど大丈夫?」

「地獄から来たんで大丈夫です」

「ハハッ」

 その店のオーナーは自分から悪魔と名乗った。履歴書もまともに書けない少女が、住み込みバイトを求めて彷徨っている時点で、通報もせずそれを良しとした。

「あんたみたいなのは珍しくないよ、ついこの前も拾ったんだ」

「頻度エグ」

「ちげえねえ」

 オーナーは軽口を叩きながら、つい昨日拾ったという別の少女を紹介した。

「カトラ・フォーカーです、コンゴトモヨロシク!」

 やけに流暢な日本語だなあと思いながら、沙亜羅は仲良く握手に応じる。


 <アイリス>はしみったれたレストランだったが、雨しのぎぐらいはさせてくれた。沙亜羅は昼に寝て、夜はカトラと共に皿を洗い続けた。稀に少しだけ接客することもあった。

 休憩時間、二人は賄いをつつきながら雑談に興じる。

「カトラってどこ出身?」

「地獄」

「やば」

 沙亜羅はケラケラ笑った。ここなら誰でも自分と似たような境遇で、詳細も言いたくないような環境で生まれ育った人ばかりなのだと安心できた。

「カトラって昔なにしてたの?」

「地獄で死体食い」

「おもろ」

 二人はゲラゲラ笑いあった。この町ではとにかく物騒な冗談が絶えない。どこからがたとえ話で、どこまでが本気なのか誰も解っていなかった。


 沙亜羅の初めての殺人まであと二年。

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