第18話 人の価値は結果よりも姿勢だよ! 3


「それで? 僕もわかったよ、栗田亜美の顔が四人の被害者に似ていなかったら連続殺人事件とは完全に切り離すんだね。」


 悠は手帳に何かを書きながら話す。


「そうね。栗田亜美の事件は根本的に他の事件とは違う。その中で一番ひっかるのは性的暴行の有無ね。」

「私はレイプされたと思うよ。下着つけてなくて、着衣も乱れてたんでしょ?」

「そう。いくら腐敗したっていくら虫が湧いたって、虫が着衣を剥ぐことは出来ないわ。」

「うん。もし顔が似てなければ、これは単独の強姦殺人事件ってことになりそうだね。はい、これ。」


 悠は手帳を三人に見せる。そこにはプラモデルの設計図のように非常にわかりやすく事件の詳細が書かれていた。

 時系列、四人の被害者の詳細、栗田亜美の詳細、分岐をつけて誰が見てもわかるように書かれている。


「おー悠やっぱ凄えな!」

「この相関図は見やすいけど、それより…ねえ。」


 怜はそう言って結奈のポシェットを見た。


「ちょっと! 私は小学四年生の中では普通でしょ! 怜が、ていうかあなたと悠が常人離れしいてるだけじゃん!」

「何言ってんだお前ら。」


 何事かを言い争う怜と結奈の間に陽介が入る。


「ああ、いやこれ、悠の字が凄く綺麗。私は習い事で書道やってるからそれなりに書けるんだけど結奈の字は…。」

「何よ! かわいい字だねってよく言われるしいいじゃん! 陽介! あなたの字も見せなさいよ!」

「え? 俺?」

「結奈、僕らは一年生の頃から毛筆と硬筆を習っているんだ。」

「僕…ら?」

「うん、陽介は僕より上手だよ。最近たまにサボって来ないけど。」

「ですって。」


 結奈は口を開けたまま三人を何度も見比べると、「はぁ」と肩を落とした。


「まさか陽介に負けるなんて…。」

「何だよ俺が字うまいと何か悪いのかよ。」

「悪いに決まってるでしょ!」

「来たよ!」


 陽介と結奈の夫婦(めおと)漫才が始まりそうなところで校門からショートヘアの山谷という生徒が出て来た。悠と怜は並んで校門に駆け寄り、後から二人がついていく。


「あなた山谷さん?」

「は?」

「怜、そういう聞き方は失礼だよ。」

「何なのあんた達。」

「僕、衣笠東小学校の藤崎といいます。突然申し訳ありません。」 

「あれ? テレビで見たことある! あ、そっちの子も! 何、何! は!?」


 山谷の興奮を抑えきれない手足があたふたと忙しく動く。


「ね、一緒に写真撮ってよ!」


 そう言うと山谷は自分のバッグを漁る。栗田亜美の傍に落ちていたバッグと同じデザインだ。

 忙しなく漁っている手とバッグの隙間から緑色の手帳が落ちる。


「それはいいけど、そしたら栗田亜美の写真見せてくれる?」


 怜がその手帳を拾い上げ、山谷の目の前に突き出す。


「亜美?」


 山谷はバッグに手を突っ込んだまま硬直する。


「あんた達、亜美のこと知ってるの?」

「噂程度ね。それよりこれ。生徒手帳でしょ。」


 怜がもう一度手帳を突き出す。


「え、ああ、ありがと。」

「ちゃんと持ち歩いているのね。」

「ああ、うん、カラオケとか学割あるとこで必要だからね。うちらは普通は持ってるよ。」

「普通は持っているの?」

「うん、それより亜美のこと何か知ってるの? ずっと学校来てなくて、昨日から亜美の家の電話にも誰も出ないし、昼間は亜美のことで警察きて色々聞かれたし、ただ事じゃないよ。何か知ってるなら教えてよ。」


 山谷は心底心配そうな面持ちで怜に訴え掛ける。


「わからないわ。それを調べているの。」

「あなた達が?」

「そう。」

「いや、そうか、何かあなた達の方が警察より信用できそうだね確かに。天才児だっけ。」

「ありがとう。」


 やりとりは怜と山谷だけになり、三人はその行方を黙って見守っている。


「栗田亜美さんの顔が見たいの。」


 怜はあえて「さん」を付けた。


「うん、いいよ。」


 山谷は右手に持っている携帯端末を操作する。


「これ。真ん中が亜美。」


 山谷の差し出したケータイのディスプレイには制服を着た三人の女子生徒が写っていた。四人で覗き込む。

 怜はチラッと結奈を見るとお互い頷いた。


「うん、ありがとう。もういいわ。」


 四人は元の位置へ戻る。


「あの、ほんとに、亜美のこと、」

「ええ、全力を尽くすわ。」


 四人は軽く頭を下げ自転車のところへ戻ると、怜と結奈が頷き合う。


「似ていなかった。」

「うん、むしろ真逆だったね。被害者はみんな地味だけどどこか色気のあるタイプ。栗田亜美は派手な顔立ちで色気というよりやっぱりだらしなさそうな。」

「隙があるタイプね。」

「それ。」


 二人の納得した表情を見ている悠が何か神妙な面持ちに変わる。


「どうしたの悠。」

「いや、何だろう、何かわからないけど凄く引っ掛かる。何か…。」

「事件なら連続殺人と栗田亜美は離れたよね。」

「うん、そうなんだけど。何だろう急に。」


 悠は右手人差しを曲げ、第二関節を自分の顎に当てる形で考え込む。


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