第10話 門

 門の両側に門番さんが一人ずつ立っている。部分的に金属が使われている革鎧に、頭だけを覆う金属製の兜。手には槍。革鎧はあちこち擦り切れて全体に埃っぽい。驚愕を隠し切れない顔を向けてくる。不安が弥増いやます。それでも三人で軽く目を交わして頷き合った。野宿するのは無理だし、進むしかない!


「…徒歩にしては少し早い到着だな」

 向かって右側の門番さんが口を開く。良かった、間違いなく言葉は通じる。

「少々、事情がありまして。入町税は如何ほどですか?」

 落ち着いた口調で橘花くんが対応してくれる。「少々」どころか、この上なく大変な事情だけれどね…。


「…身分証は無いのか? なら、一人銀貨1枚だ」

 門番さんは驚いた表情だ。森人が珍しいだけならいいけれど…。橘花くんが銀貨を3枚まとめて払ってくれる。

「おい、こいつは!…キパリ、ちょっと見てくれ!」

 銀貨を手にした門番さんが、もう一人の相棒を呼んだ。ええ~っ! 神様、まさか贋金ではないでしょうね?


 二人の門番さんがこちらを窺いながら密々ひそひそと話し合っている。マントの前を引っ張って閉じるようにして胸を隠し、無言を貫いている百桃も身を固くしている。心臓が高鳴る。どうしよう、橘花くん。引き返した方がいいの? まさか戦う訳にもいかないけれど、捕まえようとしてきたら…。


「…すまないな、新造硬貨なんて初めてでな。帝貨は本来こんなに綺麗なのか…」

 あっ…思わず三人で顔を見合わせる。そうよ! 神様は硬貨をどこかから盗んだのではない。謎の力で作ったのだ。しかし、わたしたちの…現代地球の基準でも完璧な精度で作ってしまったのだ!


 服装だって、そうなのだろう。恐らくは一般的な平民服だけれど新品で、工業製品のように完璧に整っている。それは違和感があるに違いない。加えて普人、森人、獣人の混成パーティなのだ。目立つ筈だ。ここで微妙になった空気を振り払うように、橘花くんが予定通りの質問をしてくれる。


「ええと。事情がありまして、路銀を稼ぎたいのです。僕は光魔術を使えるのですが、こちらの町でも、門の外であれば治療の仕事をしても構いませんか?」

光魔術士サンクタルティスタ? さすがは森人さまだな。そりゃあ、門外なら自由に商売して構わないが…光魔術サンクタルスを操れるなら神殿に務めればいいだろうに。わざわざ…」

 雲行きが怪しくなったと思ったところで橘花くんが提案する。


「…宜しければ、多少の傷であれば無料で治しますよ」

「いや、疑っている訳じゃなくて、だな…」

「ガット。お前、したたかに打身を拵えていただろう? 試しに診てもらえよ」

 もう一人の門番さん…キパリさん?がガットさんを促してきた。橘花くんが笑顔で杖を掲げたので、ガットさんも頷いた。


「これだが…ああ、痛てて…」

 ガットさんが左袖を捲る。青黒く変色している打身が顕わになった。い、痛そう…。橘花くんが何でもないことのように杖を向けて「【治癒キュラーテ】」と唱えると、ポウっと光った一瞬の後には腫れも変色も消えて健康な腕に戻っていた。

「おお、すごい…はっ、まさか旅の神官補ディアコヌス様でしたか? 連絡は入っておりませんし徒歩でしたので、失礼を…」

 ガットさんの態度が豹変した。これぞ掌を返す、っていう感じね。


「いえ、僕は神殿には所属していませんし、見た目通りの18歳にもならない若造ですので、普通に話してください」

「そ、そうですか。そうさせていただきます」

 口調は丁寧なままだけれどね。わたしは思わず割り込んだ。

「それで、通ってもいいのかしら?」


 ガットさんはピクリと片眉を上げると、わたしと橘花くんの間に視線を往復させ、わたしの方を向いて答えた。

「と、当の前です。どうぞ、お通りください」

 …せっかく上手くいっていたのに失敗したかな。やはり女のわたしが口を挟んでしまったのが、駄目だったのだろうか。再び微妙な雰囲気に戻ったところに、キュウ~っと可愛い音が響いた。


「こ、これは、違うの、そうじゃないの!」

 百桃が真っ赤になって橘花くんに訴えかける。一気に場の空気が和むのが感じられた。百桃としては非常に不本意だろうけれど、このチャンスを全力で掴むしかない。橘花くん、お願い!

「門番さん、町中で軽く食べられるお店などは、ここから遠いのでしょうか?」

 にこやかに尋ねる橘花くんに対して、ガットさんも笑いながら答える。


「ああ、獣人は直ぐに腹が減りますからね。街道を進んで道なりに曲がった先が中央広場ですから、この時間でも屋台が幾つか出ている筈ですよ」

「有難うございます。早速、向かわせていただきますので」

「あ、いえ、こちらこそ、光治療を施していただき有難うございました!」

 ガットさんは肘を畳んで右手の拳を革鎧の左胸に打ち付け、軽く頭を下げた。キパリさんも同じ動作をしている。


 わたしたちは会釈をしながら門を通過すると、速足にならないよう気を付けながら歩んだ。後ろから(「お忍びか?」「いや、まさか違うだろ?」「しかし服も真新まっさらだぞ!」「それにあんな美形みたことあるか? あれこそ使徒エランダ様…」)などという二人の会話を拾ったような気がするけれど、平常心、平常心!


 教えられた通りに道を進むと、広場に出た。テニスコート二面くらいの空間が広がっていて、木製のベンチのような長椅子とテーブルも数組、並んでいる。三人は倒れ込むように腰を下ろすと、揃って大きく息を吐いた。

「緊張した…下手したら捕まるかと思っちゃった。百桃のお腹に助けられたよ…」

「うっ…あまり嬉しくないけど…あの、橘花くん、私…」

「御酒花さん。本当に助かりましたし、とても可愛い音でしたから、もっと聞いていたかったくらいですよ」


 再び赤くなったり笑顔になったりと百面相を始めた百桃に自然と頬が緩みながら、わたしは橘花くんに話し掛けた。

「終始、落ち着いていたよね。さすがね」

「いや、緊張で手が震えていましたよ…ほら、手汗が出ているし…【清浄エウェッレ】。お二人も掛けましょうか?」

「うん、お願いしようかな…」

 と言ってしまってから気付いたけれど、あまり光魔術を見せない方がいい?


「やっぱり、魔法の光が目立つのもどうかと思うし、今は遠慮しておくね」

「わ、私は…お願いしようかな…ローブで隠してもらって…」

 ちょっと、百桃、空気を読みなさいよ。今日は本当に積極的ね。橘花くんもやや気圧された感じだ。それでも、愛おしむように輝く紫の瞳を彼女に向けている。


「…ええと、では少し近くに来てもらって…」

 橘花くんは細長いトグルボタンが使われているローブの前留めを外して、左手で裾を持って拡げた。百桃がシュッと橘花くんの脇に潜り込むように寄り添う。もう、近過ぎよ? 苦笑しつつも、わたしも自分のローブで彼女を覆うように協力する。橘花くんは、真剣な表情で杖を取り出して慎重に百桃の掌に当てた。


「それでは」「うん」

 杖の先から現れた、ポウっと柔らかな薄青い光が百桃の手を包み、続いて光が流れるように百桃の腕から上半身に広がりながら消えていった。周囲を窺ったけれど、気付かれてはいない、と思う。

「あんっ…あ、あの」

 百桃が鈴声を甘く染めて呟く。【清浄】を掛けられると何か感じるのだろうか。【魔法学】の知識には無いけれど。


「ごめん、手よりも広い範囲に魔力を伝えることができそうだったので…」

 橘花くんは何故かロボットのようにぎこちない動作で、視線を下向きに固定したまま百桃から離れ、息を吐いた。

「あ、有難う。少し驚いただけだから。背中までさっぱりしたような気がする」

 百桃が頬を染めながら笑顔で感謝を伝える。わたしも少し火照るのを感じた。


 自然な流れだったとはいえ、ローブを拡げながら前屈みになったから、ボディスの締め付けで強調されている胸を見せつけるような姿勢に…襟元がきっちり締まっているブラウスで良かった…視線は感じなかったけれど。橘花くんだもの。

「え、ええと…そうだ、屋台で少し見繕ってくるね!」

 わたしは恥ずかしさを誤魔化すように慌てて立ち上がり、その場を離れた。

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