第10話 朝の教室で②
現在、俺が身を置いている家の家主。父親の古い友人だというその人は、名を
榀喰碓葉。彼のことを実際、俺はよく知らない。俺の父親の旧友というのだから歳は四十代半ばか、あるいはその前後と思われるのだが、その見た目から受ける印象は年齢不詳である。中肉中背で物腰は柔らかく、キビキビとした所作からはある種の生真面目さが窺えるが、同時にどこか捉えどころのない不安定な雰囲気を兼ね備えている。
榀喰さんは、リサイクルショップ兼古道具屋兼古書店とでも呼べばよいか、とにかく古い物なら何でも売るという、俺からするとよくわからない商売をしており、仕入れだとか業者同士の付き合いだとか言ってしばしば突然姿を消す。と思えば、数日後に全身ボロボロになって帰ってくる。どこに行っていたのかと問うと、聞いたこともない地名を出し、嘘か本当かもわからないような逸話を滔々と語る。そして、そのたびに店には珍品奇物が増えていく。
いま住んでいる家も自宅と店舗を兼ねていて、古民家を改造したというその建物は二階建てで普通の住宅よりもやや奥行きのある造りになっている。
一応、道路に面した表側が商業スペース、裏側が住居スペースということになっているのだが、しかし実際は大量の古本や骨董品の類いが家の中の至るところに積まれており、その区分けはないも同然だった。
店の入り口から少し覗くだけでもその雑多な様相は明らかで、何十冊もの文庫本や文学全集、画集、百科事典といった古本の他に、掛け軸、屏風、木彫りの仏像、ダルマ、水晶玉、レコード、ラジカセ、皿、花瓶、茶碗、壺、香炉、火鉢、椅子、ソファ、時計、鏡台、ターンテーブル、ピアノ、ぬいぐるみ、フランス人形……などなど、ジャンルも年代も洋の東西も問わず実に多種多様な古物が所狭しと屋内の大半を占拠している。俺には家の中にあるそれらのどこまでが店の商品でどこまでが店主の私物なのかすら判別できない。庭には古い土蔵もあるものの、それでもあふれた物品を十全に収容できているとは言えない。
普段、俺は基本的に一階の部屋で生活しているが、そこも、もともとは物置に使っていたらしく、俺が引っ越してきたことで中の物が押し出され、その分、いまは廊下にまで余計に物が積み置かれている状況だ。二階には俺はまだ足を踏み入れたことはないが、一階と同様の魔窟となっているであろうことは想像に難くない。
榀喰さんが俺の前に現れたのは本当に突然だった。
俺の父親と榀喰さんとは学生時代からの友人だったらしい。俺自身もいままでに何度か面識もあったし、この店にも子供の頃に父親と来たような記憶もある。しかし、親しく交流を続けていたのはあくまで俺の父親の話で、息子の俺のほうはそうでもなかった。
なぜ本来無関係な俺のことを気にかけてくれているのか。なぜひとりで古道具屋をやっているのか。少し踏み込んだ理由の部分については何も知らない。
そういえば、父親と友人になったきっかけみたいな話もこれといって聞いたことがない。事情を聞こうにも、榀喰さん本人はほとんど家にいない。
俺と榀喰さんの関係はそういう奇妙な関係で、また、その程度の関係だった。
しかし結局、そんな彼の家に、俺はいる。
「よかったら僕の家に来ないかい? まあ、あまり住み心地のいいところではないかもしれないけど……」
久しぶりに再会した俺に向かって、榀喰さんはそう言った。
ともに暮らしてみると、確かに榀喰さんは家にいないことが多く、生活感を放棄したような自宅の有り様に辟易することもないではないが、それ以外の点で日常生活に支障はない。それで俺としては文句はないし、実際、文句も言えない。どうせ俺には、他に行き場所はないのだから——。
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